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その夫は眠りに就いていた。目を覚ましたのは右肩に衝撃を感じてから。ベッドの上でないことはすぐに理解できた。機械の警報音が鳴り響く。
「っ・・、調整機がっ・・」
心臓に病を患っていたため、調整機からコードを伸ばし、心臓付近に張り付けていなければならなかった。しかし、それが外れてしまったのだった。
手を伸ばすがコードに届かない。下半身不随でもあったが、普段であれば上半身だけでも動くため、ちょっとした移動は自力でできていた。しかし、今回は違った。見えない圧力で床から起き上がれない。
音に聞く時間より長く感じられた。予報のない突発的なものだったからこそ、終わりを想定できなかった。
無意識に呼吸をするのを忘れていた。目を閉じて意識的に息を吐き、深く吸い上げ、またゆっくり吐き出す。心臓は珍しく頑張って強く鼓動していた。
家具は固定されていたため、音を上げるも倒れず持ちこたえていた。
「・・っ」
押さえつける圧力は急に何もなかったかのように緩んだ。だが、胸を締め付ける力は落ち着いてくれない。目を閉じたまま、感覚だけで調整機の方に体を動かした。
その妻は船震が落ち着くと、近くにいた人に事情を話し、荷物を近隣に預けてもらうようお願いした。その後、身ひとつで必死に走った。だが、少し走っただけでも胸は苦しくなり、足はすぐに疲れた。思ったようにスピードがでないが、それでも出来る限り走り続けた。
玄関の戸は少し開いていた。そこに手を伸ばし押し込むように入れ、体を戸にぶつけながら中に入った。
夫のいる部屋に入って間もなく、目に涙が溜まった。その光景は一瞬で事を認識させた。生きた人がいる空気はもうそこには無かった。
「ーー普段であれば、船震の時、事前に身体を固定するなりして対処するのですが・・」
「・・奥さん、・・何と言いましょうか。
考え方次第なのかもしれませんが、本来であれば、旦那さんは調整機がなければ生きていられなかった存在だと思います。それでも生きて皆さんと過ごせた時間があっただけでも、幸せだったと思いますよ」
弔霊師は言葉を選びながら声をかけた。
「もしかすれば、今回の船震で私達も命を落としていたのかもしれません。ですが、多くの人の知恵と技術があったからこそ、私達は助かることができたんだと思います。
悲しみはいつの時代でも存在します。それは幸せがあることを知っているからだと思うんです。
ですが、今は旦那さんを思い、目一杯に悲しみましょう。それこそが、旦那さんとの幸せの時をありがたく感じる唯一の手段かもしれませんから・・」
「お母さん・・、お父さんは俺達のそばにずっといてくれるはずだから。体は死んでも、魂は遠くへ行ってしまうことなんてないから。今は悲しいけど、その分俺達が幸せな姿を見せないと、お父さんが悲しむよっ。ねっ」
その妻は涙を溢しながら、息子の手を握った。涙で声が出ない。だが、息子の言葉に返事をするように力強く握りしめた。そんな母を見ながら、息子は母の手をもう片方の手で包んだ。
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