Episode3 季節外れの転校生

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✳✳✳ 唯にお願いしてこっそり生徒会室に潜んでいようと思ったが、当然断られた。 どうやら唯は今日中に会長を食ってしまうつもりらしい。会長がとんでもない女好きだとは伝えてるんだけど、はてさてどうなることやら。 「じゃあオレはコスプレでもしますかねってことで宅コスなうなわけだわ」 『なるほどなぁー。残念だったな、ヒイラ』 唯が生徒会室にいるであろうころ、オレは自分の部屋で宅コスしていた。 マリアちゃんがなかなか好評だったから、来月のイベントで違う衣装のコスをすることになったのである。今日はとりあえず前回の衣装を着てメイク練習ってわけだ。 「そう言えば夢鮭(ゆめさけ)、昨日上げてた写真のスタジオさー」 『あ、わかる? この前バズってた都内の廃墟』 「だよなー! いいなぁ!!」 いま通話しているのは、梨衣さんと同じようにSNSで知り合ったコスプレイヤーの夢鮭。 一つ年上で、都心在住の男子コスプレイヤー仲間だ。 鮭が好きだから名前に鮭って入れたらしい。顔はいいのに発想がアホだ。 「めちゃくちゃ羨ましい……オレもあそこで『とあラブ(とある世界の純愛物語、の略称)』の撮影したい……」 『あー、いいかも。血糊使ったりしてバチバチしたの良さそうだよな』 「それ…!」 夢鮭とは先にSNSで知り合ったんだけど、実際に会うまでが結構長かった。 オレと違ってイベントではなくスタジオでがっつり撮影するのが好きなタイプで、なかなか会う機会がなかったのである。SNS上で何度もラブコールを寄せていて、その度に共通フォロワーから冷やかされたりもしていたのだが…。 俺のコス写(コスプレ写真)は重加工だから、と言っていたのに実際に会っても夢鮭はイケメンだった。 写真の通りの強い眼差し、意外と柔らかい物腰を見て不覚にもときめいてしまったぐらいで…。 理想の攻めとはまた違うが、夢鮭は確実に攻めになるだろう男だ(と言ったら微妙な顔をされたことがある)。 しかも声までいいときた。『とあラブ』でマリアちゃんが片思いしてる男の声優に少しだけ似てるような、似てないような。 年上ということもあり実際に顔を合わせるまでは敬語を貫いていたのだが、ようやく参加が重なったイベントのアフターで意気投合。いつの間にか敬語が外れ、いまではこうして通話する仲にまでなったってわけだ。 「なーなー、夢鮭(ゆめさけ)。サトルやるつもりない?」 『サトル?「とあラブ」の?』 「そう! 似合うと思うんだよなー」 んで、オレがマリアちゃんをやれば公式のメインCP成立…! ほのぼのした写真とか、初期のバチバチした撮影とか、あとあとちょっとスケベなやつも撮りてーな。オレも夢鮭も男だからこそできるやつって言うか(おっぱいは作れる!)。 『あー、実はこの前のイベントで梨衣ちゃんに会った時にもススメられた』 「えっ、まじか」 『ヒイラくんがマリアちゃんやれば目の保養なんです、後生やからーって』 涙目で夢鮭にお願いする梨衣さんが脳内に浮かんだ。 なるほど、梨衣さんは腐女子的に美味しいと思ってそういうこと言ってんな? なんか複雑だな…。 いやまぁ、マリアちゃんのコス褒めてくれたからいいけど。あの人ははっきりしてるから、仲が良くても容赦なくダメ出しする人だし。 『やってもいいよ、サトル。ヒイラがマリアちゃん出してくれるんなら』 「神か…!!」 こうしてコスプレイヤーは息をするように予定を増やしていくのである。 『制服でいいか? 前に学ランやったことあるからそれにちょっと手加えればイケるな。ウィッグは……あーっと、赤か。そんなにセット難しくなさそうだし、衣装ができればすぐにでも』 「ありがとう、夢鮭……いまならおまえの信者に殺されてもいい」 「そんなもんいねーってば」 いや、知ってるぞ。こいつには怖めの信者がいるんだ。 そりゃあそうだよなー。顔も良くて優しくて、コミュ力高めとくれば追っかけたくなる気持ちもわかる。 「うっし、できた。マリアちゃん完成~!」 『まじ? 写メ写メ』 「ちょっと待てよ、盛れたの送るから…」 急かす夢鮭に返事をしながら自撮りアプリを開く。 少しずつ表情と角度を変えて自撮りする時間は心を無にするしかない。我に帰ったら負けだ。 後で見返すと似たような自撮りがフォルダに並んでいて、宅コスは楽しいけどそこが唯一の虚しいポイントだ。 「はい、送った。どう? どう?」 『ん、……届いた。おっ、前にTwitterで見たのよりロリみが増してる』 「はーーー! 有り難きお言葉!」 しょっちゅうコス写がバズる夢鮭に褒められるのは悪い気はしない。 顔面偏差値が振り切れてる幼なじみといっしょに育ったせいでオレの自己肯定感はド底辺なのだが、コスプレと出会って少しはマシになったような気がする。少なくともコスプレをしている時に褒められることに関しては素直に受け止められるようになったから。
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