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「ん?」
夢鮭に煽てられつつ引き続き自撮りを続けていると、メッセージアプリからの通知が入った。
【おい】
【あの会長、】
【あいつじゃねーかクソが】
【知ってて黙ってたんならシメるぞおまえ】
【竜也】
長谷川唯、怒涛のメッセージ。
「ひぇっ……」
『ん? どうかした?』
「いや、なんでも…。ちょっと出なきゃいけなくなったから通話切るな!」
マズい。なんでバレたんだ、ちょっと早くないか?
コスプレを解除する時間も惜しくて、薄手のパーカーを引っ掴んだ。それを羽織りつつ鍵を締めてエレベーターの方へ向かう。
なるべくフードを深く被りながらボタンを連打するも、エレベーターは一階にいた。こんな時に限って…!
とりあえず生徒会室に向かおう。
もしかすると修羅場ってるのかもしれない。
転校早々に生徒会長に手を出して停学になる転校生くんなんて聞いたことがない。さっさと合流して止めなければ…!
「あっ、来た!」
チンッ!と軽い音がしてエレベーターが到着する。オレはよく前も見ずにエレベーターに乗り込んだ。
……それが悪かったのだ。過失は完全にオレにある。
「……女?」
「え?」
エレベーターには人が乗っていた。乗っていても不思議ではない。
しかし、この最上階にやって来る人物は限られている。だってこのフロアにある部屋は生徒会役員しか──
「かっ…!」
顔を上げると、そこには我らが生徒会長が目を丸くして突っ立っていた。
え、いや、なんでなんで!? 会長はいま生徒会室で唯と乱闘(仮)しているはずじゃ…!?
「きみ、もしかして誰かの女か?」
……ん?
「うちの寮は女人禁制…。誰かに知られる前にここから出た方がいい」
「あっ……いえ、あの」
普段よりだいぶキリッとした顔をした会長がオレの腕を掴んでエレベーターに引き入れた。
待て待て待て待て! 会長がここにいるんだったらオレは生徒会室に行く必要がなくなるし、とりあえず部屋に帰してほしいんだけど!?
あっ、でもダメだ。そうなるとコスプレ(しかも女装)が趣味ってことがバレ……
いや、ちょっと待てよ?
はたと気付き、目の前に立つ会長の背中を見つめる。
会長はオレがコスしてる姿だってことに気付いてない。だったら…!
「私、実は竜也くんの従姉妹でして」
なるべく高めに、なんとなくマリアちゃんの声を意識して大嘘をついた。
もちろん似るわけがない。オレはコスプレを嗜んでいるだけだから声真似は専門外だ。
「従姉妹ぉ? なんだ、そうだったのか」
「はい、そうなんですぅ」
しかし会長はあっさり信じた。信じてしまった。
よかったー! 会長が無類の女好きでよかったー!!
「こっそり会いに来たんですけど、竜也くんいなくて。ごめんなさい、すぐに帰りますから許してください…」
胸の前できゅっと手を組み、上目遣いで会長を見上げた。見よ、つけまとアイラインの力でくりくりになったオレの目を!!
その時、会長の喉がごきゅりと不自然に動いたのを見逃さなかった。
フッ、堕ちたな…。これで乗り切れる!!
「可愛いな、おまえ」
勝利を確信して拳を握ったのとほぼ同時。
普段からじゃ考えられないほど甘く微笑んだ会長がオレの頬に優しく手を這わせた。
え? いや待って、なんでこんなことに…?
「なぁ、俺と悪いコトしない?」
「へっ…?」
いや、少女漫画か??????
オレが思わず口に出してしまう前にエレベーターが一階に到着した。
会長がまたオレの腕をひいてエレベーターを出る。都合がいいんだか悪いんだか、管理人室や玄関があるロビーには人がいなかった。
ほんとにこんなこと言う男が存在するとは思わなかった…! 会長っていっつもこんなベタなことしてんの!?
「あ、あの……悪いことって?」
「わかんない? だったら俺が教えてやろうか?」
身体で直接な、とか言うんだろ! わかってんだからな! そういう展開は百万回読んだわ!!
しかしその言葉が続くことはなかった。なぜなら邪魔者(オレにとっては救世主)が現れたからだ。
「桐原!!」
「……なんだ、長谷川」
そう、季節外れの転校生くんである!
走ってきたのか、息が上がって肩も上下している。あっ、眼鏡どこやった!?
「そいつを離せ、いますぐに」
「はぁ? どうして」
「どうしてもだ」
ん? ちょっと待て。こいつら、修羅場ってたんだよな?
唯は確かに怒ってる……けど、なんか怒ってる理由が思ってたのと違うような。
「……マリア、ほら。こっち来い」
鬱陶しかったのか、遂にはウィッグまで外してしまった唯が手を差し伸べてくる。不思議な色の瞳がキラッと光った。
コスプレをする度に自撮りを送りつけているからか、唯はこれがマリアちゃんのコスプレだとわかったみたいだけど…。
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