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「……は?」
どうやらオレは拗らせすぎたせいで幻聴が聞こえるようになってしまったらしい。
「耳鼻科行こうかな…」
『あいつに手ぇ出すつもりはなかったんだけど、あんまりにもうるさいから』
「この辺で土曜日もやってるとこあったっけ…」
『噛みちぎられたら困るから舌は入れなかったけど』
「なんて??」
聞こえないふりにも限界がきて、淡々と怖いことを言う幼なじみの話を遮った。
まじで言ってる? 唯が会長にキスした!?
「えっ、ちょっと待て。なんでそんな展開に?」
『セックスまでしなきゃノーカンか? だったらもうちょっと頑張るけど』
「……唯ってまじで見境ないんだな」
褒め言葉のつもりはなかったけど、『まぁなー』とまったく傷付いた雰囲気もなく唯が零す。
まさか最初に手を出すのが会長だとは…。いや、顔はドストライクとは言ってたけど。
「できればセックスしていただいてレポートを提出してもらいたいのが腐男子としての意見なんだけど」
『……けど?』
「唯がほんとに無理ならそこまで望まない。萌えのために唯の気持ちを無視するほど落ちぶれてねぇよ。…ってのが幼なじみとしての意見かな」
周りの顔面偏差値が高すぎて感覚がおかしくなってるけど、二次元と三次元を混同しない程度には理性を保っているつもりだ。
いやまぁ、たまに顔に出るけど。双子辺りには勘づかれてそうな気もするけど。
『幼なじみとしての、ねぇ』
「……なんだよ」
『いや、べつに。そろそろ切るぞ』
切るぞ、と最後まで綺麗に聞き終える前に通話が終わってしまった。
唯との繋がりを失ったスマホをじっと見つめる。唯はイマイチなにを考えているのかわからない。
「竜也せんぱーい! そろそろ生徒会に戻れって副会長がぁ」
「あっ、悪い!」
生徒会室のドアが開き、和がひょこっと顔を出した。
「あれれー? 会長は?」
「さ、さぁ…?」
「もーっ! 結局今日もサボり!?」
仕方ないなぁ、と頬を膨らませる和の顔をじっと見つめる。
唯はいずれ和にも手を出すんだよなぁ…。
和はやっぱり抱かれる側? あ、でも王道通りにいくんなら抱く側か。
「なぁ、和ちゃんって男と付き合ったことある?」
「え?」
「……え?」
まんまるな目を更に丸くした和が怪訝な顔で俺を見つめてくる。
ん? あれ? もしかしていまの、口に……出て……?
「竜也先輩、なに言って」
「忘れてくれ!!」
「わっ!」
なにか言いたげな和の肩を掴み、勢いよく揺さぶる。このまま記憶が飛んでしまえばいいのに、なんて思いながら。
しかし人間の脳みそは結構頑丈にできているので、そんなもんじゃ記憶を飛ばしてくれない。
「もしかして、さっき会長とそういう話してたの…?」
「い……いやぁ~~」
していたような、していなかったような。
怪訝そうな顔をした和は、オレがしっかり答えを口にするまで沈黙を貫くつもりのようだ。
「……あるよって言ったらどうする?」
「えっ!?」
いつもと変わらず悪戯っぽく微笑んで、何事もないように和が言う。
これは冗談? それとも…?
さっきから予想外のことが立て続けに起こっていて、頭が上手く回らない。いつものオレなら笑って対処できるはずなのに。
「竜也せーんぱい、ちょっと屈んで?」
「かっ、屈む? こうか?」
「そうそーう!」
和の視線に合わせるよう、少し屈んで膝に手を置く。
オレは気付けなかった。
和の目が肉食獣のそれのようにギラついていたことに。
和の笑顔にいつもと違う熱が含まれていたことに。
「なんにも気付いてないなんて。かーわいいね、竜也先輩」
いつもより低い声が響き、疑問を口にする前に息が止まった。
唇に柔らかいものが触れる。でもそれは本当に一瞬のことで、気のせいだったかななんて現実逃避したくなって。
でもオレはマナーを守って目を閉じるなんてことをしなかったから、ばっちり視界に映してしまったのである。
「……和ちゃん?」
自分の声が情けないぐらい掠れていた。
オレはどうやら和にキスをされたらしい。
「って、なんで!?」
なんとなく危機感を察知して後ずさる。和は表情をまったく崩さずにニコニコしたままだ。
いや、なんで!?
なんで笑ったまんまなんだ!? じゃなくて、なんでキスした!?
「好きだから。僕、竜也先輩のこと好きなんだよ。だからキスしちゃった」
「じょ」
「じょ?」
「冗談、だよな…?」
どっかの二流恋愛小説みたいなこと言ってしまったな、なんて頭の片隅で思う。
冗談なわけがない。確かに和は冗談が好きな奴だけど、男に冗談でキスするわけがない。
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