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「冗談だと思う?」
「……」
「冗談なわけないでしょ? でも僕、男を好きになったのは竜也先輩がはじめてだよ」
寝不足かな? と思った。
和がこんなことするわけがない。BL小説でよく見かける台詞を言うわけがない。
オレは寝不足で、いつの間にか倒れて、これは夢の中なのかもしれない。
「竜也先輩は? 僕のことどう思ってる…?」
気付かなかった、じゃすまされない。
でもオレはちっとも気付かなかった。
こんなんじゃ鈍感だって言われても仕方ない。オレが愛してやまない、あの小説の主人公たちのように。
「…って、いやいや! それとこれとは状況がちげーし!」
その夜、部屋でキャリーケースを開いたオレは明日の準備に勤しんでいた。
明日はいよいよ月に一度のコスプレイベントの日。このキャリーケースの中に衣装やウィッグ、メイク道具を詰め込んで街に繰り出すのだ。
毎月楽しみにしているイベント参加。しかしオレはいま、和のことで頭をいっぱいにさせていた。
「どう思ってるかって言われてもなぁ」
王道生徒会ものでもよくあるように、うちの生徒会メンバーも癖が強い奴らばかり。だけど悪い奴らじゃなくて、数合わせぐらいのつもりで入ったその場所に居心地の良さを感じ始めていたのには気付いていた。
でもそれは、だいぶ盛ったとしても「友情」ってやつだ。
オレはただの傍観者のつもりでいたのに。
BLは読む専、見る専。身近に唯がいるからってのもあるから、リアルのそれに偏見はないけど…。
だけどオレは女の子が好きだ。女の子みたいな可愛い顔をした男が存在するのは知ってるけど、男とどうこうなりたいなんて考えたことがない。
「まさか当事者になるとは…」
明日のイベントには梨衣さんも来るし、珍しく夢鮭もいる。
相談するのもアリかもしれない。アフター(※イベントの後に食事やカラオケに行くこと。要するに打ち上げ)誘ってみるかなぁ…。
ある程度の荷造りを終え、スマホを手にとり夢鮭に連絡することにした。
【よっす! 明日のアフターって誰かと予定してる?】
もう前日だから厳しいだろうけど、聞くだけ聞いてみよう…。
と思ったのに、バズりまくりコスプレイヤーの夢鮭さんは嬉しい即レスをくれた。
【明日は梨衣ちゃんとアフターする予定~。特に店決めてないから一緒に来るか?】
【是非ッッッッ!!!】
梨衣さんもいるんだったらちょうどいい。相談させてもらおう。
「…っと、電話?」
アフターの話を詰めようと体勢を正したところで、オレの悩みの種にもなりつつある幼なじみから着信が入った。
「……もしもし」
『竜也、いまから部屋行ってもいいか?』
「えっ」
『ちょっとだけ。直接話したいんだけど』
唯の声が少し不安そうに響いたのに気付き、少しドキッとした。
もしかして泣いてる…? いや、まさかな。
「いやあの、明日イベント……だけ、ど……」
ちょっとならいいよ、と承諾するとすぐに電話が切れた。
すると、一息つく間もなくドアがノックされる。……さては部屋の前で電話かけてきたか?
「唯?」
名前を呼びながらドアを開くと、ウィッグを被らず眼鏡もかけていない唯が立っていた。
相変わらず顔がいい。目の色も二次元にいそうなカラーリングで、ずっと見ていても飽きないような。
こうして変装なしの唯を見たのは久し振りかもしれない。
「え、っと……とりあえず入る? 見られたら困るだろ」
このフロアには生徒会メンバーの部屋しかないけど、唯の素顔は生徒会メンバーだからこそ見せてはいけないのである。
黙って頷く唯の手を引きながら部屋のドアを閉めた。
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