360人が本棚に入れています
本棚に追加
それからオレたちは、ショッピングモールをぐるりと回りながらイベントを満喫した。
途中で知り合いに会って話したりツーショをお願いしたりして、久し振りにコスプレイヤーしてるなぁって実感したりして。
だから、ほんの少しだけ忘れられていたのだ。
昨日の夜のことを──
***
「で? なにがあったんだよ、ヒイラ」
イベントが終わり、着替えも済ませたオレたちは会場から数駅離れた場所にあるファミレスに来ていた。
梨衣さんは成人しているが、オレと夢鮭はまだ高校生。居酒屋に行くのもなぁということで、オレたちはだいたいファミレスへ直行する。
そこで注文を終えるなり、隣に座る夢鮭がさっそく切り出してきた。
「……オレ、全寮制の男子校で生徒会に入ってるんだけどさ。それは二人にも話してるよな?」
「聞いた、聞いた! BL待ったなしやなって思ったん覚えてるわぁ」
身バレが怖いからこの話をしているのはこの二人ぐらいなんだけど、それでもあまり詳しく話をしているわけではなくて。
でも、今回の相談をするためにはもう少し話をしておく必要がある。
「それで、そのー。夢鮭には話したけど、『季節外れの転校生』っていう総受けポジがいなかったから地元の幼なじみに頼んだんだ。そいつクォーターなんだけど、絵に描いたような美少年でさ。転校生くんはもさもさの黒髪ウィッグ被って眼鏡かけて変装してるって設定がほとんどだから、ウィッグ作って眼鏡も渡して理想通りのビジュにしたんだよ」
そう、ほんとに理想通りなのだ。
男好きって設定はあまり見かけないけど、やんちゃしてたって過去があるのもポイント高い。
隣に座る夢鮭も、正面に座る梨衣さんも黙って頷くだけで口を挟んでこない。とりあえず話を続けろってことか。
「でもさぁ、そいつが転校してきてからなーーーんかおかしくて…。幼なじみがもともと男も女も食える奴だから、生徒会長にキッスかましたことには目を瞑ったわけだけど」
「顔のいい幼なじみはバイセクシャル? そんなつもりなかったのに…! オレ、嫉妬しちゃってる? イケメン幼なじみ×腐男子コスプレイヤー??」
「あっ、また梨衣ちゃんの病気が」
どこぞのBL漫画のあらすじみたいなことを口走った梨衣さんに視線をやると、興奮しきった表情でオレを凝視していた。
つい数時間前まではイケメンアイドルのコスプレをしていたとは思えない顔だ。
「ヒイラ、続けて。梨衣ちゃんのことはスルーで」
「りょ、了解」
犬に躾するみたいに梨衣さんの頭を撫で回す夢鮭に頷き、ありがたく話を続けることにした。
「昨日、なんだけど。生徒会に双子がいて、その片割れに……その……キスを、されまして」
「~~~っ!?」
「あ、梨衣ちゃんが死んだ」
なんとなく自分に対してのそれを口にするのが恥ずかしくて声を小さくしたのだが、はっきり聞きとってくれた梨衣さんがテーブルに突っ伏した。
「ま、まじで言うてる……? 腐女子翻弄して遊んでへんやろな?」
「まじですって…。からかわれてるだけかもしれないっすけど」
そんな風には見えなかったけど、少しでも楽観的に考えないと頭がどうにかなってしまいそうだ。
唸りながらゆっくり顔を上げた梨衣さんは、おもむろにカバンから財布を取り出して千円札をオレに手渡す。
「……? なんすか、これ」
「ご祝儀。進展したら教えて、新札で万札用意するわ」
「待って待って待って」
腐女子の思考回路どうなってんだ? と、自分のことは完全に棚上げしてしまう。
千円札を突き返すと、実に不満そうな顔をされた。
「付き合わないっすよ。そいつ、可愛い顔してるけどオレはBL見る専なんで」
「えっ、そうなんだ」
「ちょっと、夢鮭さん??」
最初のコメントを投稿しよう!