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「……んー、それじゃあ」
「うんうん」
距離を詰めてきた唯がまた頬に触れてくる。
今度は両手で挟むように。
「抱かせてくれよ、おまえのこと」
「……は?」
「抱かせてく、」
「聞こえてるからっ!!」
まったく同じ温度でまったく同じことを繰り返そうとする唯の口を両手で塞ぐと、不満そうに眉を寄せられた。
「えっ……えぇ? いやあの、それはどういう冗談? どう返すのが正解?」
心臓がバクバクうるさい。
抱かせてくれ、って言った? 唯が、オレをってこと?
「……冗談じゃないって言ったらどうする?」
「…っ…!」
不思議な色の瞳が瞬き、声が低くなる。
確かに幼なじみは王道CPのひとつだ。でもオレたちはそんなんじゃない。
男のくせになんかいいにおいするなぁ、肌のキメやべーなぁ、なんて現実逃避したがる思考を無理やり止める。
「竜也って処女なんだっけ?」
「しょっ……や、それは……ほとんどの男がそうでは?」
「それは確かに」
頬にあった右手が首筋まで下りてきて、ゆっくりと鎖骨までなぞる。
女の子との経験がないわけではないので童貞ではないけど、男にこんな風に触られるのははじめてだ。
……あ、いや。和にキスはされたんだっけ。
「興味ない? 男同士のセックス。俺、コッチの方も結構自信あるんだけど」
人差し指と中指を立て、クイッと折り曲げながら妖艶に笑う唯はめちゃくちゃエッチだ。
そうだ、すっかり忘れてたけどこいつは女の子も取っかえ引っ変えしてたんだった。
イケメンにめちゃくちゃにされたいとかなんとかよく言ってるけど、そうなると男相手に突っ込むこともあるってことか? それとも男相手はオレがはじめて──?
「こっ!」
「こ?」
声帯がキュッと締め付けられたような感覚がして上手く声が出なくて、ただ単に奇声を発してしまった。
「怖すぎ…っ! ありえねーって、そんなの!」
渾身の力で唯の胸を押し返し、精一杯の拒絶をした。唯の顔が見れなくて、胸を押したついでに俯く。
いくら相手が唯だからって、男に突っ込まれるなんて怖すぎ。ありえない。
と言うか、そもそも告白してすぐにセックスなんてそれこそファンタジーだろ?
まだオレは返事してないっていうのに。
唯はしばらく黙っていたが、しばらくするとセットし直したウィッグを被り直して立ち上がった。
「悪い、やりすぎた。……もうしないから」
さっきとは打って変わって優しい声になったけど、オレは顔を上げることができなかった。
頭を撫でる気配があって、部屋から唯が出ていくのを黙って見送る。
「……冗談だって、言わないのかよ」
いや、まさかな? 言い忘れただけだよな?
オレのことが好きなんだったら和に抱かれたりしなくないか? そもそもこの学校に転校してきたのもおかしいし。
「……って、また堂々巡りしてる気がするし!」
幼なじみのことがわからない。
唯とはずっといっしょにいて、いちばん理解しているつもりだったのに。いまはなにもわからない。
「あーっ! もう今日は寝よ寝よ! 明日から学祭だし!」
切り替えるように自分の頬を乱暴に叩いてベッドに潜り込む。
明日と明後日は学園祭だ。
ここで三年の先輩は生徒会を引退する。
生徒会メンバーともなるとほとんど推薦で早々に進路を決めているので、他の学校よりも引退時期がだいぶ遅い。
学園祭はいまのメンバーで取り仕切る最後の行事ってわけだ。
「唯と学祭回れたらって思ってたんだけどなぁ」
ずっといっしょに、というのはいろんな意味で難しいけど。
せっかく唯が同じ学校に来てくれたから、高校生っぽい行事をいっしょに楽しみたかったのになぁ。
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