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「え? そうだけど……って、飛鳥」
「はい?」
「まさか、違うこと期待してた?」
「……っ……!」
にんまりと笑った皐月さんが耳元で囁いてきて、一瞬にして顔が熱くなった。
きっと赤くなったであろう顔を隠すように自分の掌で覆う。しかし皐月さんはその手を無理やり引きはがし、触れるだけのキスを落とした。
「は、早く帰りましょう! 今日は父さんも早く帰ってくるから急がなきゃ!」
「なんだよ飛鳥ー。冷たいなぁ」
「家族想いなだけです!」
きっぱり言い切ると、また皐月さんが笑い始めた。
「そうか、家族想いなだけか」
「そ、そうです」
「それじゃあ早く帰らないとな」
「そうですよ!」
ここまできたらもう意地だ。皐月さんが笑っていようと笑っていなかろうと、一秒でも早く帰らないと。
「じゃあ帰ろうか。ほら、飛鳥」
「……はい」
手を差し出され、少し戸惑いながらその手をとる。
玄関を出る直前。皐月さんが私の髪に触れ、「乱れちゃってる」と小さく笑って整え直してくれた。
「あ……あの、皐月さんの誕生日っていつなんですか?」
「おれ?」
「はい。今年はもう終わっちゃったんですよね?」
お返しをしようと考えた私は、今更ながら皐月さんの誕生日を聞いてみることにした。
十七歳で高校二年生ってことは、もう今年の誕生日は終わっちゃってる……よね? いまは七月だから、四月か五月か六月か…ってことになる。
「いや、おれの誕生日はまだだけど?」
「……え?」
「おれさ、クリスマス生まれなんだよねー。そのせいで昔からケーキは年に一回だけっていう……」
あれ? あれ? おかしいな。私の聞き間違い?
それじゃあ皐月さん、十六歳ってこと……?
わりと真剣に考えていると、皐月さんが困ったように笑った。
「おれ、一年遅れで高校入ったんだよ。だから新倉は先輩で、歳は同じってわけ」
「……あ」
「あ、そんな顔しなくていいって。ただ馬鹿なだけだから」
「ば、馬鹿って……」
それはないんじゃないかなぁ。だって皐月さんって恵果だし、ワケアリだって考えた方が自然な気がする。
でも……。
「わかりました。気にしません」
「うん、ありがとう」
これ以上踏み込んだら、私たちの関係はあっという間に崩れてしまう気がした。
だから黙っていた。
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