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メリークリスマス
朋也は子供たちにプレゼントを渡し紙芝居を見せた。やがて日が暮れはじめ、子供たちは帰っていった。
私は朋也といっしょに小児科の中庭にあるベンチに座った。中庭には手をつないだ子供の像があり、大きな松が植えられていた。
「さっきの子たちはこの病院に通っているんだ。みんなそれぞれどこか弱いところがあって、ここに通わなくちゃいけない。昔の俺とおんなじ」
「朋也も身体が弱かったの?」
全然知らなかった。いまでは楽しそうにバスケットしているし、バイトもしている。活発だからそんな子供時代は想像できない。
「意外だろ。こんなに元気になっているのも奇跡的なんだぜ」
「ごめん、私、何にも知らなくて……」
「あやまんなよ」
朋也はあやすかのように、私の頭を撫でた。でも、登下校や学校にいる間、デートのときに、彼に無理なお願いをしていたかもしれない。
「俺、いま幸せだからさ。勉強も運動もバイトもたまにきついけど、しんどいのが楽しいんだ。毎日がすげえ早い時間で過ぎていく。それに」
朋也は左右を見ると、そっと私の頬にキスした。
「かわいい彼女がそばにいるから」
淡雪が降り始めた。朋也の頬についた雪を手でぬぐった。
「朋也、寒くない?」
「もう少しだけ。……ほら、そうやって俺のことを気遣うからいいたくなかったんだよ」
「ごめん……」
「こら。もうあやまんのなしな」
朋也は私の手を握り締めたまま空を見上げた。
空は青白く、水晶の原石のような色だった。ここは町の喧騒から離れていて、今日がクリスマスだということを忘れてしまう。
「元気な人とそうじゃない人。なんで二種類の人間がいるんだって、子供の頃はいつも落ち込んでいたんだ」
教室でクラスメイトとふざけあって、部活では怒られながらトレーニングしていて。私が見ていた朋也は、ほんの一部に過ぎなかった。
「元気って与えられるものじゃないけどさ。幸せならあげられるかなって思うんだ。その幸せが元気の種になるんじゃないかなって。いきなり外を走り回れるわけじゃないけれど、『今日は楽しかったなあ』って思いながら眠ってほしいんだ。気持ちが弱いと夜にくじけるものだから」
「みんな今夜はいい夢を見られるよ。私だって楽しかったもの」
雪はやまない。身体が冷えてきた。朋也だって堪えているはずだ。
「朋也……」
「もうそろそろだ」
朋也は腕時計を見た。
「3、2、1……」
突然、視界が光に包まれた。銅像や松、建物の壁がイルミネーションで彩られた。飴色の粒みたいな電飾がそこらじゅうで輝いている。朋也はやさしく私を抱きしめた。
「メリークリスマス、梨花。何もできなかったから、せめてこれだけは見せてやりたくて」
「何もしていないなんていわないで。朋也がいてくれるだけで幸せだから」
初めて朋也と過ごすクリスマス。
私は、彼のひとつの顔を知った。もっと彼を知りたい。ずっと傍にいたらいろんなことがわかるのかな。意外な姿にがっかりする日が来るかもしれない。でも、それも朋也なんだから受け入れたい。
彼が好きなんだから。
「行こうか、梨花。どっかであったかいものでも食べよう」
「その服で行くの?」
「今日はクリスマスだからこれくらい派手な格好でもいいんだよ」
朋也はベンチから立ち上がった。
ビリビリビリッ!
何かが裂ける音がした。朋也がお尻を押さえながら、こちらを見る。
「やっぱりおまえの家にしよう」
「ええ~、今夜は外で食べたいなあ」
「意地悪いうなよ。頼むからさあ」
歩き出す私を、お尻を押さえた朋也が追いかけてきた。雪はいつの間にかやんでいた。ふたりで笑っているうちに寒さは全く感じなくなった。
今日は12月25日。世界の恋人たちはどんな夜を過ごすのだろう。きっとだれもが忘れられない一日になるはず。
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