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第三章 遭遇
蝉は鳴くのを止めない。
人の生活サイクルが変わっても、蝉のサイクルに変わりはないらしい。
人はなるべく身を潜めて生きているのに、蝉は全く遠慮がなかった。
蝉がどこにでもいるように、ゾンビも町中に溢れている。
徘徊しているゾンビが多いのはもちろん、道端に倒れているゾンビも多かった。頭が割られていたり、首から下がなかったり、血痕がところどころに飛び散っている。
人間が襲われただろう跡の他、人間が戦っただろう跡が見受けられた。それらの光景を見て、要はバイクの男を思い出した。
男は刀を持っていた。
あの男はどこで日本刀を手に入れたのだろうか。
悪い人間ばかりが武器を持っていそうで、想像すると恐ろしくなる。それにゾンビを倒してくれるのは有り難いけれど、倒しっぱなしではいけない気がした。
動いているゾンビも、動かなくなったゾンビも腐りかけ、きつい臭いを発していた。ここ最近続いている真夏日は人間だけではなくゾンビにとっても死活問題らしい。
要はこのまま暑さにやられてゾンビが全滅してしまえばいいのにと思いながら、このままでは人も次々と死んでいき新たなゾンビが増えるばかりだろうと予測した。
未来のことを考えると、足が重くなるだけだった。
大通りは避け、時折物陰に隠れながら前に進んでいく。
突然姿を現すゾンビもいるのでほんの少しも油断できない。それでも目的地がはっきりしているため焦ることはなく、生まれ育った町だから迷うこともない。里穂に薬を渡せたことで気持ちに余裕もできていた。
要がビルの陰に隠れて進む道を探していると、背後でカタリと音がした。
ゾンビがどこかに潜んでいるのだろうかと要は振り返る。けれど振り返った視界の中にゾンビどころか人もいなかった。無視をしようかと思ったがどうも気になって、恐る恐る音がしたほうへ確認しに行くと突然なにかが飛びだしてきた。
ゾンビにしては動きが速い。
飛びだしてきた相手はバットを持っていて、要に向かって振り翳した。
隠れているのが人であることを予想していた要は、雫が持たせてくれた警棒でなんとか受け止める。そして直ぐに逃げるべきだと考えたが、相手の正体に驚いて身体が固まった。
隙をついて、相手は要のお腹に蹴りを入れる。そして改めてバットを振り翳そうとしたので、要は慌てて顔のマスクを外した。
「広樹?」
要が口を開いた瞬間、相手の動きが止まる。バットも要の頭に当たるギリギリで止まっていた。
「……要?」
相手も要を認識したようだ。お互い目を丸くさせて顔を見つめ合う。要の目の前にいるのは従姉弟の藤崎広樹で間違いなかった。
広樹は隣町に住んでいた。小学六年生なのに髪を赤く染めていて、目つきは悪い。けれど要よりも小さかった。力もまだ要のほうが強いのか、攻撃も中途半端だった。
最後の蹴りだけは真正面から受けており、要はお腹を庇うように立ち上がった。
「か、要、ごめん。俺、要だって、気づかなくて」
「うん。わかってる。とりあえず、移動しよう。ここにいたらあいつらが集まってくる」
要は目を見開いたまま固まっている広樹の手を握って走りだした。
ゆっくり話を聞きたいが、今はそれどころじゃない。そこは安全な場所ではなかった。
広樹も理解しているようで、最初こそ引っぱられていたが次第に自分の足で走りだした。
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