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恐る恐る梯子をつたって、要は雫の家を囲む塀の上に立つ。そこから一度、辺りを確認してみた。
塀は二メートル以上あって、厚さは十センチくらいある。
ゾンビたちは要に向かって必死に手を伸ばしていた。
普通に伸ばしても手は届かないだろうが、肩車をされたら簡単に足を掴まれかねない。
要は嫌なことを想像して塀から落ちそうになってしまった。
「おい。集中しろよ」
要を送るために庭に出ていた雫が冷たい声で言う。
要は振り返って、雫をジトリと見た。
安全な場所にいる雫に要の恐怖がわかるわけがなかった。
「ねぇ、ゾンビたちが足場を作って侵入してきたらどうするの?」
「足場を作る知能があるとは思えない。人を食らうことだけが目的なんだろう。仮に塀に上られても、要が今立っている面から電気が流れるから大丈夫だ。ちなみに今は電源を切っている」
「それって、私が仕事を終えて帰ってきた時に間違って塀を上ったらどうなるの?」
「俺が気づけば電源を切るが、気づかなかったら感電するだろう。まぁそこから流れる程度の電圧で死にはしない。ただし、感電して倒れるならば庭側に倒れろよ。道路側に倒れたら見て見ぬ振りをするからな」
平然と言う雫を要は白い目で見る。この先感電することがないだろう人間は余裕がありすぎた。
「てか、梯子って案外重いね。これ、この先行けるかな」
要は気を取り直して梯子を持ち上げようとしたものの、思っていた以上に重くて戸惑った。
足場も不安定なためさっそく自信を失くしてしまう。
雫に下から梯子を押し上げてもらい、ようやく向かい側にある家の車庫と固定することができた。少し前にシャワーを浴びたばかりだというのに、すでに全身汗だくになっていた。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ。頼む」
最後に雫の顔を見ると、額に汗が滲んでいた。
夏の間、誰よりも快適な空間に身を置いていただろう雫には耐えられない暑さのはずだ。けれど雫は直ぐに家に戻らないで見送ってくれた。
要は雫の期待を背負って梯子の上を歩く。不安定な足場に全身が震えた。
車庫の屋根に辿り着いて、ようやく一息つけたけれど本番はこれからだった。
梯子を回収するのにもやっぱり手間取って、まだ隣の家に移動しただけなのに腕がガクガクした。休んでいる暇はあまりないので次に家の屋根の上を目指す。ただでさえ慣れないことをやっているのに邪魔になるのは梯子だった。
苦労しながらも数件の屋根をつたっていく。先に大通りがあるのはわかっていて、そこまでは梯子を使おうと思っていた。要が次に移動する屋根を探していると、どこからかバイクの音が聞こえてきた。
要はとっさに身を屈めて音の出どこを探った。バイクは一台ではないようで、音はだんだん近づいていた。バイクに誘われるように、ゾンビたちが移動して行く。バイクが気になりつつも、要にとってはラッキーな状況になった。
道が開けて、今なら屋根をつたわなくても家まで行けそうだ。
要は梯子を使って道路に降りた。それから自宅に向かって走りだす。
ゾンビに捕まらないのはもちろん、バイクとも鉢合わせたくない。
必死に走って、あと数百メートルで家に辿り着くというところで、角から現れたゾンビとぶつかった。
それまで全力で走っていたため急には止まれず、要はゾンビを押し倒すように転ぶ。
ゾンビは要を噛もうとしていて、要はゾンビの首を掴んで必死に抵抗した。
ゾンビの腕は片方なかった。皮膚はグチャグチャに抉れている。
要は暴れながら、恐怖と気持ち悪さから思わず吐いてしまった。
ゾンビは要がどんな状況でも構わないらしく、口を寄せるのを止めない。
もつれあっている間に、他のゾンビがぞろぞろと近づいていた。
パニックになりかけながら、要がなんとか倒れているゾンビの頭を潰した時、背後からエンジンの音が聞こえた。そして次の瞬間、一台のバイクがゾンビの群れに飛び込んできた。
バイクに乗っていたのは若い男だった。
男は片手に日本刀を持っていて、次々とゾンビの頭をはねていく。バイクの動力を利用する戦い方は鮮やかだった。
「……おい、噛まれたか?」
ゾンビを片付け終えた男が要に訊ねた。けれど要は声を出すことができなかった。
「相当ビビってやがるな。助けてやったお礼にリュックを寄越せと言いたいところだが、ゲロや血まみれのそれに触れたくねぇし、今回は見逃してやる」
固まる要を、男はジロジロと見定める。
要が吐いたものや掴んでいるゾンビの頭の一部を目にして顔を歪めていた。
要もまた男から目が離せなかった。
短めの髪は毛先だけ金色だ。Tシャツとジーンズというラフな格好で、見た目は高校生くらいに見える。けれどその目つきはやけに鋭かった。
「おいガキ、今から二十四時間後に生きていられたら、中央公園の更に奥にある古城を目指せ。ゾンビ化さえしていなければ保護してもらえるはずだ」
男は言った後、再びバイクを走らせて要の前を去って行った。
男には何人もの仲間がいるようで、バイクの音はあちらこちらから聞こえていた。
要はわけがわからないままに立ち上がって、他のゾンビが集まってくる前に今度こそ家まで走り抜けた。
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