第二章 依頼

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 家の鍵は閉まっていて、扉を数回ノックした。 「涼吾、開けて」 「要ちゃん! 無事だったんだね!」  涼吾は直ぐそこで待っていたのか、要が声を出した瞬間に扉が開く。そして勢いのまま飛びつこうとした涼吾を要は押し返した。 「ごめん。ゾンビに襲われて、しかも吐いちゃった。だから今すごく汚いの。着替えを持ってきてくれる?」  涼吾は要の上から下まで見て、慌てて家の奥に走った。 「どこか、噛まれたの?」 「いや、たぶん、大丈夫。怪我もしていない」  要は軍手を外して、パーカーを脱ぎ捨てる。それからリュックを開けて、中から紙袋を取りだした。 「中に、薬とおにぎりが入ってる。おにぎりは里穂と食べて」 「おにぎり? どこで見つけたの? コンビニ?」 「コンビニにおにぎりを見つけたとして、食べられる状態なわけがないじゃん。普通に営業していた時とは状況が違うんだよ」 「そうだね。じゃあ誰かから貰ったの?」 「うん。薬も、同じ人から譲ってもらった」 「……へぇ、ずいぶん親切な人がいるんだね」  涼吾は目を細める。親切を奇妙に思う気持ちは要にも理解できた。 「ただ親切なわけじゃないよ。譲ってもらえるように交渉したの。相手にある仕事を頼まれた。だから用意をして、直ぐに行かなきゃいけない」 「行くって、どこに?」 「中央公園まで荷物を取りに行くの」 「そんな、危ないよ。あそこはこの間、飛行機が墜落したらしいし、駅も近くにあるからゾンビが多いはず。さっき家の外でバイクの音がしていたけど、要ちゃんはなにかに巻き込まれていたの? まだ近くにいるかもしれないし、しばらく隠れていたほうがいいよ」 「色々親切にしてもらったの。恩に報いると約束した。その人がいなければ、私は薬を手に入れるどころか、とっくに死んでいたんだよ。だから行かなきゃ。涼吾は里穂に薬を飲ませてあげて。里穂はどういう状態なの?」 「……まだ熱が下がらない」 「なら早く薬を。私はとりあえず着替えるから」  紙袋を涼吾に押しつける。要がTシャツを脱ぎ始めると、涼吾は慌てて奥の部屋に姿を消した。それから要はズボンも脱いでウエットティッシュを使って身体や顔を拭いていく。涼吾が持ってきてくれた服に着替えて里穂の様子を見に行った。  熱はまだ下がっていないようで、里穂の顔は赤い。  里穂は部屋に入ってきた要の姿を見て目を潤ませた。 「要ちゃん。もう、会えないかと思った」  次の瞬間涙がぽたぽた溢れてきて、要もつられて泣きそうになってしまった。 「安心して。私はそんなに簡単に死なないよ」  里穂はコクコクと頷く。それから涙を引っ込めて、要の顔をまじまじと見つめた。 「……要ちゃん、髪、どうしたの?」  そういえば髪を切ってから里穂と顔を合わせていなかった。要は後頭部に触れて、改めて短くなっているのを確認した。 「暑いから切ったんだ」 「……里穂の、せい?」 「なんで里穂のせいになるの?」 「だって、里穂のせいで、要ちゃんはお外に行かなきゃいけなかったんでしょう?」 「里穂のせいじゃないよ。私ね、お腹が空いてしかたなくなっちゃったの。だからお外に食べ物を探しに行ったんだよ。髪も本当に暑くてしかたなかったから切ったんだよ。それよりもお土産のおにぎりがあるから涼吾と一緒に食べようね」  里穂はすでに薬を飲んだようだ。要はサイドテーブルの上に置いてあった紙袋からおにぎりを二つ取りだした。おにぎりは全部で四つある。一つを里穂に渡し、涼吾にも一つ手渡した。 「あともう一つずつあるからね」 「要ちゃんのは?」 「私はもう食べてきたの。お腹がいっぱいだから、おにぎりは涼吾と里穂のだよ。心配しないで食べていいよ」  里穂はコクリと頷く。そして大人しくおにぎりを食べ始めた。 「薬と、熱さましのシートと、湿布。今の世の中、もの凄く貴重なものだ」  袋の中には薬とおにぎりの他に熱さましのシートと湿布が入っていた。更に雫からはペットボトルの水とスポーツ飲料をもらっている。  涼吾は熱さましのシートを里穂の額に貼りつけて、どうしても納得できないような視線を要に送った。
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