第二章 依頼

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「相当リスクが高いことを要ちゃんに頼んでいるからこそ、相手はこういうものを譲ってくれたってことだよね」 「今の世の中、なにをするにしたってリスクは高いよ。色々なものを渡してくれたのは、あの人の優しさなんだと思う」 「あの人って、男なの?」 「うん。すごく変わった人。見た目の割に面倒見がよくて悪い人ではなさそう。あの人に出会えて幸運だった」 「幸運って、要ちゃんは単純すぎる。出会ったばかりの人をそんなに簡単に信用しちゃ駄目だ。親切な人ほど疑うべきなんだ。今回は無事に帰ってこられたけど、次はわからない。もう関わるべきじゃないと思う。僕の足もだいぶよくなってきたし、里穂の熱が下がったら一緒に逃げよう。仕事とかよくわからないけど、そんなの、放棄すればいい。要ちゃんが戻らなくても途中で死んだと思うはずだ」 「よくなったって言ったって、まだ足を引きずって歩いているじゃん。里穂もまだしばらくは動けない。上手く仕事を終えたら、また少し食料をもらう約束をしているの」 「少しの食べ物のために、もっと大きな代償を払うことになるかもしれない。食料を手に入れられたって、要ちゃんがいなくなったら意味がないんだ」 「大丈夫。私はいなくならない。仕事を終えてまたここに戻ってきて、それからはなるべく涼吾たちから離れないようにするから、今回は私の自由にさせて」 「……本当に、僕らを置いてどこにも行かない? その親切な人について行かない?」 「うん。私が帰ってくるべき場所は、涼吾と里穂たちがいるところだよ。涼吾、お願い。今は私を行かせて」 「……わかったよ」  涼吾はようやく納得してくれたようで、要は小さく息をはく。元々心配性だった涼吾は最近より臆病になっていた。髪を切るのも、薬を探しに行くのも、説得するのに苦労した。 「ところでさ、バイクの音が聞こえたって言っていたけど、家の前も通ったみたいだった?」 「うん。もしかしたら要ちゃんかと思って慌てて玄関を開けようとしたんだ。けれど直前で冷静になって、要ちゃんのわけがないと考え直した」 「たぶん正解だよ。私が血まみれで、ゲロまみれだったから荷物を取られないで済んだみたい。家を特定されていたら、集団で乗り込まれていたかもしれない」 「要ちゃん、やっぱり絡まれたの?」  涼吾は眉間に皺を寄せる。一度は納得してくれたものの再び外に出るなと言われそうで、要は慌てて首を横に振った。 「絡まれたは絡まれたけど、触れられもしなかったよ。声も出さなかったし、私のことは男だと思ったんじゃないかな。それに、むしろバイクの人たちに助けられた感じになった。ゾンビに囲まれたところで出くわしたの」 「……ゾンビに、囲まれた?」 「……まぁ、ゾンビに出くわすのはしかたないよ。それよりも、家の前は通らないもののバイクの音は以前から聞こえていたよね」 「うん。ほぼ毎日聞こえていたかもしれない。物資の調達をしているのかな?」 「たぶんね。集団でゾンビを上手く撒いているみたいだった。ゾンビをかきまわす係りと、その間に家を荒らす係りがいるのかなって思う」 「だったら、そのうちこの家にもくるかもしれないね」 「うん。それでね、私が出くわしたバイクに乗った男に、もしゾンビに噛まれていなくて二十四時間人でいられたら古城を目指せって言われたの。保護してくれるだろうって。やっているのは略奪だけじゃないみたい」 「古城って、その付近で避難所が機能しているのかな?」 「信用していいのかいまいちわからないけど、頭にいれておいて損はないと思う。強そうだったし、その人たちといれば少なくともゾンビからは身を守れそう」 「古城か。お堀があるし、立てこもるにはちょうどいいかもね。中で感染者が出たらまたカオス状態になるだろうけど」 「私が血まみれなのを見て引き下がったから、その辺は警戒しているんじゃないかな」  話を聞いて涼吾はなにやら考え込んでいた。古城は中央公園の先にある。余裕があればチェックしてみようと要は心の中で決めた。 「あと、雇い主から本条家に気をつけるように言われた」 「本条家って、本条真央の家?」 「うん。本条真央の家の人たちもこの辺で活動しているらしい。ゾンビと戦うには心強そうだけど、敵となったらかなりやっかいだよね」 「本条真央と同級生だから優しくしてくれるかもって考えは甘いかな」 「涼吾も本条の人間らしき集団がリンチをしていたのを見たでしょ。本条真央はともかく、そういう人たちの集まりだよ。前からいい噂は聞かないし、なるべく関わらないほうがいいと思う」 「他の生存者と合流するのにも相手を知ってからのほうがよさそうだね」 「うん。中央公園に行く途中、町の様子もちゃんと見ておく。生存者を見つけたら避難所のこととかもそれとなく聞いてみる」 「危なそうな人には初めから近づいちゃ駄目だからね。やっぱり心配だな。足さえ怪我をしてなければ、僕が行っていたのにな」  涼吾は足元を見下ろす。思いつめたような顔をする涼吾を見て、要もまた後ろめたくなった。 「ごめんね。そもそも私のせいで怪我をした」 「要ちゃんを責めているわけじゃないよ。僕は要だけを働かせる自分が許せないんだ。要ちゃんも里穂も僕がしっかり守ってあげたい。本当はほんの少しも危険な目にあわせたくないんだ」 「涼吾に守られた結果私は生きているんだよ。それに、守りたい気持ちは私だって一緒なんだからね。こういう時こそちゃんと甘えてよ。涼吾はもう少し私を信用するべきだと思う」 「信用はしているつもりだし、もう十分甘えちゃっているよ」 「確かに前から甘ちゃんか」  要が笑うと、涼吾は不満そうに頬を膨らませた。
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