第一章 楽園

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 七月。  夏休みまで一週間を切った日にすべては始まった。  その日、要と涼吾は学校にいた。町中にサイレンが鳴り響き、異変を察知した要は友人と一緒に屋上から町の様子を見渡した。すると遠くの方で煙が上がっているのが見えた。火事だと思って、要たちは携帯電話で写真や動画を撮った。  最初はみんなふざけていた。けれど直ぐにふざけていられる状況じゃないことに気づいた。  火は町のあちこちから上がっていた。サイレンはいつまでも止まらないで、どこからか悲鳴が聞こえてきた。  いったいなにが起こっているのか。  携帯電話を使ってニュースを検索しようにも、どこのサイトにも繋がらなかった。知らない間に電話もメールも通じなくなっていて、更に電気も止まっていた。  教師たちも混乱していて、情報を集めるために走り回っていた。生徒はとりあえず体育館に集まるように指示され、戸惑いながらも従った。  校庭では警察や消防士、自衛隊が集まって、なにかの作業をしていた。体育館には生徒以外にも多くの人が避難してきた。  要たちは夜になって初めて警察の人から学校の周りに防衛線を張ったと簡単な説明を受けた。みんな当然理解できず、家に帰せと怒鳴り散らす生徒もいた。そういう生徒はどこかへ連れられてしまった。残った生徒たちは厳しい顔をしている大人を恐れて口を閉じるしかなかった。避難してきた人の一部は、現状を理解していない生徒たちを軽蔑するような目で見ていた。  要は避難してきた人々の中に里穂の姿を見つけた。同じく体育館の中にいた涼吾を捜して合流した。要と涼吾たちの両親の姿はどこにもなかった。  家族と合流できた友人はわけがわからないまま抱き合って泣いていた。それから友人は家族に訊ねていた。いったいなにが起こっているのかと。そして体育館のあちこちで情報交換が始まった。多くの人は話したくないらしく口を閉ざしていたが、要たちは大まかな状況を把握することができた。  彼らの話によると、町ではゾンビが溢れ、人を襲っているらしい。  要にとってゾンビは映画とか漫画の中にいる存在だった。だから最初に聞いた時はまさかと絶句した。けれど冗談と片付けられはしなかった。話を聞いている間、外からは閃光が上がったり、銃を撃つような音が聞こえたりしていた。人の叫び声も聞こえて、体育館の中ではすすり泣いている人がいた。直ぐ近くでなにか普通ではないことが起こっているのは確かだった。  要は怖くなって、同じように怯える里穂と抱き合った。そうしているうちに夜が明けた。  辺りが明るくなってから、要を含む高校生は体育館の外に出た。作業を手伝えと顔の青い教師に指示された。  学校を囲む柵の向こうには多くの人が集まっていた。夜が明けて避難しにきた人なのだろうと、遠目にその光景を見た要は思った。けれど少しずつ近づいて、なにか様子がおかしいことに気づく。  柵の内側にいる大人たちは、集まった人たちに鉄の棒のようなものを突き刺していた。何度も、何度も、腹や胸を刺されているのに、外にいる人たちはなかなか倒れない。誰かが頭を刺せとアドバイスしていた。  学校の外には言葉では説明しきれない現実があった。  要たちは体育館で聞いたありえない話を納得せざるを得なかった。  学校の外にいるのはゾンビになった元人間だった。そしてゾンビは生きている人を襲おうと集まっていた。要たちはそれらのゾンビを柵の内側から処理する作業を命じられた。  一見防衛は成功しているように思えたが、感染は進んでいた。体育館の中にゾンビに噛まれた者がいて、混乱はあっという間に広がった。要と涼吾と里穂は他の友人たちと校舎を抜けだし転々と避難をした。家に戻ってきたのは一週間前だ。  一緒にいた友人とは離れ離れになり、結局三人になった要たちは自宅以外に行く場所がなかった。涼吾は逃げる途中で足を痛め、しばらく安静にしている必要があった。  里穂は二日前に熱を出した。電気が止まり、冷房も扇風機も使えない。泥棒に風邪薬を奪われていて、水も食べ物も十分じゃない。そんな状況で里穂の熱が下がるわけがなかった。だから要は里穂のために物資を調達しに行くことにした。  安全な場所はもうどこにもない。  家にいてもいつゾンビたちに襲われるかわからないし、人になにかされる可能性もあった。要は家に逃げるまでの間、男たちに乱暴されている女の姿を見た。助けたかったけれどそんな力はなくて、涼吾も里穂を守るだけで精一杯だった。  今日、一週間振りに外に出るにあたり、要は少しでもリスクを低くするために髪を切った。女が襲われる光景はトラウマになっていた。夏なのに長袖のパーカーを着て露出を少なくしているのも防衛のためだ。  家に待っている人がいる要は、ゾンビにも人にも捕まるわけにいかなかった。
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