第一章 楽園

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 家を出て数メートル先にゾンビが複数徘徊していた。  一体いると、数百は傍に潜んでいるような気がしてくる。  学校でゾンビの処理をしていた要は、どうすればゾンビを倒せるか知っていた。  一対一ならば確実に倒す自信があるが、複数と対抗するのは難しかった。囲まれたら終わりだ。ゾンビは音に敏感で、力は人間のそれと同じくらいか、理性を失ってむしろ強くなっているようだった。  大人のゾンビに苦戦するのはもちろん、子供のゾンビはすばしっこい。  ゾンビたちの相手をすれば必要以上に体力を消耗し、精神的なダメージも大きかった。少し前まで生きていた人たちを相手にするのだ。  要は初めてゾンビにトドメを刺した時、思わず腰を抜かしてしまった。要以外の生徒もパニックになり、気を失ってしまった子もいた。それも一カ月前の話で、要は今でこそ全力でトドメを刺そうと思えるようになった。  細かいことを考えると、なにもできなくなる。  これまでパッと見ただけで以前の知り合いだとわかるゾンビに出くわしていないのがせめてもの救いだった。  要はゾンビから身を隠して、ドラッグストアを目指していた。  薬や食料が残っている可能性は低いが、他にどこに行けばいいのかわからない。一箱でも風邪薬が残っていればとりあえずはなんとかなると希望を持つようにしていた。  道を引き返したり、小道に入ったり、石垣に上ったり。  ゾンビはあちこちにいるので、なかなか前に進めない。要は焦れながらも、無鉄砲なことはできなかった。  音はなるべくたてないように。気配を悟られないようにと常に気をはっているせいか、直ぐに息が上がってしまう。  汗はだらだらと垂れてきて、いくら拭っても追いつかない。持ってきた水は大切にしなければと思いながらすべて飲み干してしまった。  ドラッグストアまであと少しというところで、目眩がして持っていた鉄パイプを落としてしまった。  音に反応したゾンビは要が隠れている方向に目を向ける。要は不味いと思って走りだした。どこに潜んでいたのかぞろぞろとゾンビが集まってくる。どんなに必死に走っても違うゾンビが現れて撒き切れない。向かい側からもゾンビがきて、要はあっという間に囲まれてしまった。  道は塞がれている。背後にある民家の塀や門は高くて登れそうになかった。  こうなったら、一か八かでゾンビの群れの中を突っ切るしかない。  絶体絶命の状況で要が地面を蹴ろうとした時、背後にあった民家の門が開いた。人ひとり分が通れるほど開いた門に要は戸惑う。それはまるで中に入れと促すようなタイミングで開かれた。  中に誰か人がいるのは間違いない。  信用できる人なのか。  短い時間で必死に頭を動かす。  相手がどんな人なのか想像もつかない。考えている間にゾンビはどんどん近づいていた。  例え最悪の出会いでも、要は賭けるしかなかった。  意を決して中に飛び入ると、門はそれを待っていたかのように閉じた。次の瞬間、集まっていた数十ものゾンビが門を叩く。けれど門はビクともしていなかった。  要は息をついて地面にへたり込む。そして動物の唸り声を聞いて、ピンチはまだ続いていることに気づいた。要の視線の先にいるのは三匹のドーベルマンだった。ドーベルマンは牙をむき出しにして要を威嚇している。  要は緊張しながら、犬もゾンビになるのだろうかと疑問に思った。要はまだ人以外のゾンビに出会ったことがなかった。ドーベルマンはゾンビ化しているようには見えないけれど、ゾンビと同じくらい怖かった。  要はドーベルマンを警戒しながらゆっくりと立ち上がる。門はすでに閉じているし、外にはゾンビがたくさんいる。となると目指すべきは民家の玄関だった。  ドーベルマンは要を威嚇しているものの、飛びかかろうとはしなかった。要が一歩前に出ると、三匹揃って伏せをした。どうやらゾンビではないし、よくしつけられている。要の恐怖はほんの少しだけ和らいだ。  塀が高く、門が丈夫なように、家も大きかった。  門から玄関まで距離があり、庭には池や小屋もある。小屋の中には鶏がいて、傍の花壇には花が咲き乱れていた。  要はそわそわしながら玄関のチャイムを押してみた。けれどいつまで経っても反応がなかったため、勝手にドアノブに手をかけた。鍵は開いていて、恐る恐る中を覗いた。 「……ごめんください」  扉を開いた途端に、涼しい風が吹き抜ける。  要の声は広い玄関によく響いた。  外国式の家なのか、靴を脱ぐような場所はない。いつでも逃げられるようにと、要は迷ったあげく靴を脱がないことにした。そして中に進もうとした時、頭上から声をかけられた。 「噛まれたか?」  二階の吹き抜けから、男が要を見下ろしていた。  要は男に目を奪われて、ほとんど無意識に首を横に振る。  男の髪はピンク色だった。  カラーコンタクトを入れているのか瞳もピンク色に見えて、目がチカチカする。悪い人には見えないが普通の人にも見えなくて、要はやっぱり不安になった。  ゆっくりと後退して玄関の扉に背中をつける。そして後ろ手でドアノブを握った。 「名前は?」 「……えっと、藤崎、要です」 「……お前、女か」  声で要の性別に気づいたのか、男は顔を歪めた。 「あ、はい」  簡単に白状するべきではなかったと要は答えて後悔した。一方で男は大きくため息をはいた。 「帰れ。人間違いだった」  男は興味を失ったように要から目を逸らす。男の態度に要は拍子抜けした。 「えっと、今、外は、ゾンビに囲まれていまして、少しの間休ませていただけませんか?」  中にとどまるのも危険かもしれないが、外のほうがもっと危険だ。素直に出て行きたくても出て行ける状況ではなかった。 「……じゃあ玄関だけ解放してやる。接待など期待するな。この家に俺以外の人間はいないからな」  男はしかたなそうな顔をして要に許可を出した。 「……はい。ありがとうございます。それに、助けていただいて、ありがとうございました」  要がお礼を言うと、男はふんと鼻を鳴らす。そしてどこかに消えて行った。  とりあえず危険はないようで、ひとまず安心した要は玄関の扉に寄りかかったまま床に腰を下ろす。  そして直ぐに意識を手放した。
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