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なんだか肌寒くて、要は身じろいだ。
シーツを身体に巻き込み、小さく欠伸をする。
そしてパチリと目を開けた。
「は?」
要は自分が服を着ていないことに気づいて混乱した。
身体にかけられていたシーツを頭から被り、顔だけ出して冷静になろうとした。
要は高そうなソファーの上にいた。
物理的に高いところにある天井では大きなプロペラが回っている。
部屋は必要以上に涼んでいた。
窓は閉じられており、どこにいても聞こえていた蝉の鳴き声は耳に届かない。
一カ月ぶりに空調が整っている空間に身を置いていることに気づいたところで、要の頭の混乱が治まるわけでもなかった。
ここは誰かの家のリビングらしい。
そして要にとって見覚えのないリビングだった。
「目覚めたか」
要は声がしたほうを振り向く。
キッチンの前にあるカウンターテーブルの椅子に男が座っていた。
「あ、あんたは、さっきの……ってか、なんで私、裸なの?」
一度見たら忘れられないほど鮮やかなピンク色の髪と瞳。
男は少し前に要を助けてくれた人物だった。
要には男に玄関で休む許可をもらってからの記憶がない。
無理に頭を働かせようとすると、くらくらと目が回った。
「汚いから脱がせたんだ」
男は平然と要の疑問に答える。
要は当然納得ができずに口をパクパクと動かした。
「き、汚いからって、人の服を、勝手に脱がすなんて、そんな……」
「俺の家を汚すわけにはいかないだろ。そもそもお前は俺に感謝するべきだ」
男は立ち上がってキッチンにある大きな冷蔵庫の前に向かった。そして冷蔵庫からスポーツ飲料のペットボトルを取りだす。更にコップを持って要に近づいてきた。
「飲め」
男は要の目の前でコップにスポーツ飲料を注いだ。そして差しだされたそれを要は受けとるべきか迷った。
手を伸ばして掴めないでいると、男は無理矢理要の手に押しつけてきた。
冷たいコップの感触に、要は我慢できなくなる。次の瞬間、一気に飲み干した。
「一気飲みをすると、余計に具合が悪くなるぞ」
男は呆れたように言って、今度はペットボトルごと要に差しだした。
「全部、飲んでいいんですか?」
「いくら飲んでもいいが、ペースを考えろ。腹をくだすぞ。お前は軽い熱中症だったんだ。汚いだけじゃなくて、汗がひどくて、だから脱がせた。本当は汗を拭いて服を着せるべきだったのかもしれないが、俺がそこまでする義理はない。あとは自分でやれ。バスルームは廊下の奥、突き当りの右にある」
男は扉のほうを指差して言う。
要は頷きそうになって、いやいや待てよと首を横に振った。
「あ、あの、なんでこの家は、普通に冷房が動いているんですか? そういえば、門も自動で開閉していた。飲み物も冷えていて、家はこんなにも綺麗で、なんか、信じられないです。夢でも見ているような気分です」
世界は荒廃している。
みな生きるのに必死で、逃げるのに必死なはずだった。
けれど目の前の男は、荒廃する以前の生活を変わらずに維持しているようだった。
「太陽光で発電しているんだ。風力でも発電できるし、バイオ発電も取り入れている」
男はなんでもないように答えた。
なぜ要がそんな質問をするのか、むしろ不思議そうな顔をしている。
要は自分のほうがおかしいのかと考えて、やっぱり首を横に振った。
「あの、あなたは、今世界でなにが起こっているのか知っていますか?」
要は男の態度がどうも納得できなかった。
太陽光発電などで電気が使えるのは納得した。男には以前の環境を維持するための環境が整っている。けれど以前のように暮らせるわけがない。
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