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第二章 依頼
全身の汚れを落として、要は鏡に映る自分を見た。
髪を切ったのは今朝で、まだ目が慣れていない。
長かった頃よりも乾くのが早そうで、長かった頃よりも癖や跳ねが目立つ。
普通に家にあるハサミで切ったため、毛先は痛んでそのうち枝毛になるだろう。
髪のことを気にしていたらきりがなくて、要は直ぐに鏡から目を逸らした。
それから身なりを整えリビングへ行くと、テーブルの上に炒飯が用意されていた。
要はゴクリと喉を鳴らして、キッチンで洗い物をしている雫に目を向けた。
「食え。腹が減ったばかりに途中で倒れられたら困るからな」
雫はそっけなく言う。要は頷いて早速炒飯を口に運んだ。
米と玉子。肉やネギ。シンプルな具材で調理された炒飯の味は信じられないほど美味しくて手が止まらなくなる。
要が夢中で食べていると、洗い物を終えたらしい雫がテ―ブルに紙袋を置いた。
口の中がいっぱいな要は目で中身はなにかと雫に問う。雫は呆れたような顔をして、ぶっきらぼうに答えた。
「とりあえずおにぎりと薬だ。あとスポーツ飲料と水も持っていけ。要の家には病人がいるんだろ」
「うぁ、でもっ、たたしは、まば」
「……口にものを含んだまま話すな」
言われて要は口の中に入っていた炒飯を呑み込む。それから水を飲んで、改めて雫のほうを見た。
「私はまだ、なにもしていないのに。仕事の前に、一度家に帰っていいの?」
「要の家を地図で調べた。藤崎家はこの辺で一軒しかない。南小学校の近くならば、ここからそう遠くないだろ。中央公園に行く途中で寄ればいい。要が仕事を終えるまでに子供に死なれたら気分が悪いからな」
ツンとした表情で説明する雫を要はまじまじと見つめてしまう。
色々話をして、雫のことをドライな人間だと思っていた。けれどこの状況は奇妙だ。
言葉に棘はあるものの、その行動は親切すぎた。
「ジロジロ見んな、ブス!」
要があまりに顔を見すぎていたせいか、雫は怒りだした。
要は不味いと思って平謝りする。
裏になにがあるとしてもこの親切を拒む理由はない。今や雫の手を借りないと里穂を助けられなかった。
「雫、ありがとう」
「別に、要のためじゃない。すべては俺自身のためだ。次にいつ駒を得られるかわからない。いくら捨て駒でも、無駄死にさせるわけにはいかないんだ。仕事には集中して望んでほしい。それで、作戦だ。食べながらでいいから話を聞け。この辺は今、要のおかげでゾンビが異様に増えている」
「ゾンビは門を叩いていたし、その音で更に集まったのかな」
「そのとおりだ。家に侵入される心配はないが、家の外は普段以上に危険が溢れている」
「今は家から出るのも難しい状況なのか」
「ああ。門からは出せない。だから屋根をつたって大通りに出ろ」
「屋根?」
「この家の周りは住宅が密集しているんだ。この家こそ敷地が広く周りの家と距離があるが、隣から数件先の家は屋根の高さも似通っているし数メートルも離れていない。倉庫に梯子がある。それを家と家にかけて、行けるところまで行け」
要は頷く。屋根の上を歩いたことはないが、道を歩くよりもよっぽど安全な気がした。
「梯子は途中で捨てていい。なにかトラブルがあったら、とりあえず身を隠すことを考えろ。ゾンビはもちろん人も信用するな。屋根から降りてこいと言われても簡単に降りるなよ。荷物を奪われるどころか、命さえも危なくなる可能性がある。要が優先するのは家にいる子供だけでいい。他の困っている人間を救うなどとは考えるなよ」
要はやっぱり頷く。外の世界のことを考えると、急に炒飯が味気なくなった。
「今生きている人間はみんなどこかに潜んでいるんだよね。自分たちが生きるために人間同士の争いも起きている。こんな状況で正常に機能している避難所がどこかにあると思う?」
「あったらそこに向かうつもりなのか?」
「一時の混乱は収まって、ゾンビは多いけれど、冷静になって動こうとしている人もいるんじゃないかと思う。私の家で生きるには限界がある。雫の仕事を終えたら、どこかに移動しようと思うの」
「俺はここ最近、家の屋上から町の様子を観察していた。ゾンビ以外にも活動している人間がいることは確かだ。時折車やバイクが通り過ぎる。けれどバイクに乗っているのはおそらく表の人間ではない。社会秩序が崩壊した今、台頭するのは力を持つ人間だ。以前からこの辺をしめていたのは本条家だ。きっと今も集団で行動している。やつらは人格にこそ問題があるが、ゾンビと戦うにはいい味方かもしれないな」
要は本条の名前が出て目を瞬かせる。
本条は有名な極道で、以前からあまりいい噂を聞かなかった。
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