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本条家の娘の真央は、要と涼吾と同じ高校に通っていた。
目つきが鋭くてきつそうな性格をしている真央とは言葉を交わしたこともない。
違う世界の人間だと思っていて、これからも関わることはないと思っていた。
今町中で彼女と出くわしたら、自分はどういう行動をとるべきなのか。
同級生であることを利用して保護を求めたらこの先生き残る希望があるのかと考えて、あまりにもリスクが高すぎると却下した。
要は以前、本条家の人間が若い男をリンチしているのを目撃していた。
「ゾンビや人に気をつけるとして、一応警棒と発煙筒を持っていけ」
「煙が上がったら雫はどうするの?」
「要がピンチで、そろそろ死ぬんだと諦める。助けは期待するな。何度も言うが、俺は家の敷地の外に出るつもりはない」
「なるほどね。待ち続けるのにも限界があるか。仮に発煙筒を点ける間もなく私が死んだらいつ諦めるの?」
「そうだな。二日は待とう」
二日という期間が長いのか短いのかわからなくて要は小さく唸った。
「あのさ、私に食料と薬を先に渡して、私がそのまま逃げたらどうするの? まさか追いかけてこないよね?」
雫は敷地の外には出ないと宣言している。そして今の雫には他に駒がなくて、代わりに要の生存を確認してくれる人はいない。要が逃げるのは簡単だった。
「人間に失望するだけだ。あるいは死んだと思い込んでいればいい。外に出ない俺には逃げて生きているのか、それともとっくに死んでいるのかの確認もできないから、死んだと考えるのが楽だろう」
「そしてまた新たな駒を探して、結局同じことの繰り返しになるんじゃないの?」
「とりあえず、要が逃げたか失敗したかの時点で、中央公園の人形は諦める。数カ月後になるだろうが、新しい人形を改めて送ってもらう。今度はちゃんと自宅に届くだろう。中央公園の人形は所詮繋ぎだ。緊急に制作されたもので、クォリティーには最初から期待していない」
「……ずっと気になっていたんだけど、人形ってさ、いったいなんなの?」
「メイドロボットだ」
「メイド、ロボット。そのメイドロボットは、掃除とか、洗濯とか、料理ができるの?」
「メールの内容によるとそういう機能もついているらしい。けれど俺は家事を苦としていない。掃除も洗濯も料理もできる。人形に期待しているのは戦闘能力だ。この家の物資は充実している。日常生活の面では心配はないがいつ本条を含めた人間たちに狙われるかわからない。ゾンビが侵入してきた場合を考えても、戦える人形がいたほうがいいだろ」
「確かにロボットだったら強そうだし、噛まれてもゾンビにならない。傍にいたら最強の味方になるね。雫の狙いはわかった。次のあてがあるとして、そんな便利なものを放置しておくのはもったいない。話を聞いてどんなロボットなのか見てみたくなった。逃げたらどうするとか、変な質問をしたけど、逃げるつもりはないから安心して。雫には本当に感謝している。この恩は必ず返すから」
「ふん。ならば一応言っておこう。絶対に、死ぬなよ」
ピンク色の瞳がゆらゆらと揺れている。
要が片手を差しだすと、雫はそれを手に取ってしっかりと握ってくれた。
白くてゴツゴツした手は男の手で、なんだか少しだけドキドキしてしまう。
近くに住んでいたのならばもっと違う出会い方をしたかったと、要は少し複雑に思う。けれど普通に出会っていたら、その髪を目にした時点で逃げだしていただろうとも思った。
要と雫は最悪な状況の中に身を置いているからこそ、しっかりと手を取り合っていた。
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