第一話「誕生の日」

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第一話「誕生の日」

 頼叉国(らいさのくに)の妃は、初めての陣痛に苦しんでいた。  苦しむ妃の周りには、周辺国などからの様々な贈り物が並べられていた。 「奥方様、お気を確かに」 「お気を確かに」 「奥方様、もう少しでございますよ」 「アイツは…大丈夫か」  頼叉国の王、筝王(そうおう)はつぶやいた。 「近くにいてやりたい」 「行ってはダメか…?」 王は不安気に幾度も目の前の家臣に問うていた。 「決まりですので」 筝王の座っている間の一段下に控えている男、鏡(かがみ)叡知(えいち)は言った。 「私は心配なのだ、叡知」 「それは、皆一緒です」 「そうか…」 この国には古くからの決まり事が多くある。その中の一つに供涯(ともがい)の制がある。王の子である皇子が生まれると、すぐに家臣の中から皇子と同じ齢の子供を選び出し、従者である供涯として共に育てるというものだ。筝王の供涯は鏡家の五男である叡知であった。 この供涯の制があるため、頼叉国では、毎年のように各家で子供が生まれる。全ては自身の子を未来の王の供涯と妃にする為だ。だがしかし歴代の供涯は殆どが王家と縁戚関係である鏡家から輩出されていた。 「私たちの子の供涯はお前の子か…」 「長かったな」 筝王は今年で齢二十四であったが、十五の時に結婚した同じ齢の妃、時子姫との間に子が授からないでいた。叡知は筝王と同じ頃に妻を娶り、すぐに子を授かった。筝王と時子姫は叡知の子供を自分たちの子のように可愛がっていた。 筝王は時子姫を深く愛し、時子姫もまた、筝王を深く慕っていた。二人は自身を深く責め、お互いで支えあった。 筝王の皇子の供涯になる子は三月ほど前に生まれた、叡知の三男であった。 「お生まれになりました」 「皇子さまがお生まれになりました」 筝王の室へ伝達の者が駆け足で入って来た。 「お知らせします。皇子さまご誕生あそばしました」 筝王は聞いた瞬間に室を出た。 宮の長い長い廊下を、纏っていた白い装束をたなびかせ、龍のごとく駆けぬけた。 「筝!筝王!お待ちください!」 一瞬にして消えた主を叡知は急いで追った。 叡知が追いついた時にはすでに筝王は人払いをし、時子姫の横で何事もなかったかのように座っていた。 「時子、大丈夫か」 「はい、少し疲れましたが…」 「ゆっくりお休み、時子」 「はい」 「よく頑張ったね、時子ありがとう」 筝王は優しい笑みを浮かべながら、目の前で微睡む時子姫の頬を撫でた。 時子姫は応えるようにゆっくり微笑み、お産の疲れを感じながら瞳を閉じた。 筝王は時子姫の横にあるゆりかごで、己の存在を知らせるように、泣いている皇子を見た。 「やっと会えたね、私達の皇子」 「私が、そなたの父だぞ」 「父だ……」 皇子を抱き上げた筝王は発するべき言葉を失った。 「叡知、叡知…」 筝王はどこか遠くの者に語るように上擦った声を上げた。 「筝王、どうなさいましたか」 筝王の後ろに控えていた叡知は筝王の動揺に怖くなった。 みると筝王は涙を流していた。 「筝…」 叡知は主であり、親友でもある男の横に皇子を見た。父母と同じ黒々とした髪、それに高貴さがあった。全て父母と同じ。 叡知は何かをふと思い出し皇子の瞳を見た。 その瞳は父母が持つ黒の瞳ではなかった。海のように深い青であった。 「龍王の瞳…」 叡知はポツリと呟いた。 「叡、すまない」 筝王はひどく悲しげだった。 「筝、謝ることではないよ。供涯が俺の子じゃなくなるだけだ」 叡知は筝王の涙を自身の袖で拭った。 「夢だったけどね」 「そうだな」 筝王は息を整えると叡知へ言った。 「叡知、準備を頼む」 歴代の頼叉国の王に、龍王と呼ばれる王たちがいる。その王たちの瞳は、赤、青、緑、桃、灰、黄、のいづれかであり、片目のみ龍王の瞳を持つ王もいたという。頼叉国の人々は王も含め、皆、黒い瞳をしている。 龍王の瞳を持つ者は、通常の王の供涯と異なり、供飼(ともがい)を持つことになる。供涯と異なり、供飼は輩出する家が決まっている。 選ばれた者は一生家に戻ることを禁じられ、妻を娶ることも許されない。供飼は一生の全てを龍王の従者として捧げる。 そしてその龍王誕生を知らせるのが鏡家の役目であった。 杯臥(はいが)家は代々、鏡家に仕えている家で、この杯臥家から供飼が輩出される。 叡知は配下の者に馬を用意させ、供を連れずに一人で杯臥の家へと向かった。 まだ陽は昇っていなかった。 杯臥の家へ着いた叡知は慣れた様子で裏口から忍んで館へと入った。目指すは当主の部屋であった。 「紀太(きいた)、起きろ」 我楽多だらけの当主の部屋に入った叡知は奥の間の何重にも重ねられた大きな布団の上で眠っている長髪の男を揺すった。 「叡ちゃん…どうしたの」 長髪の男はボヤボヤと眠たげに言った。 「龍王が生まれた」 叡知のその一言に、紀太は覚醒した。 「え?ウソ…」 紀太は再度寝転びながら寂し気な顔をして叡知を見つめた。 「連れて行っちゃうの?」 「すまない…」 紀太の一言に幼い我が子を持つ叡知は、宮を出て気が緩んでいたこともあり、先程の筝王との出来事が思い出され泣きそうになった。 「叡ちゃん、泣きたいの?」 「泣いていいよ」 叡知の頬に涙が伝った。 「叡ちゃんは良い子だね」 よしよしと紀太は叡知の頭を撫でた。 「俺は良い子なんかじゃないさ」 「良い子はそう言うんだよ。でも、生まれちゃったんだね。決まりだから…しょうがない。って言いたくないなぁ」 紀太はボロボロと泣いた。 「僕の子、水(すい)くんって言うんだ」 紀太はそう言いながら片手を壁に向けた。 「水くん、おいで」 壁から光に包まれた赤子が出てきた。 杯臥の家の当主は代々、術を使うことが出来るが、龍王に仕える可能性を秘めている子を守ること以外に使用することが出来ない。杯臥の家では男子が生まれると次の男子が生まれるまで、その男子は当主の術に守られる。 「水くん。お父さんと、バイバイだけど頑張ってね」 紀太は水の額にそっと口づけをした。 「お父さんからの贈り物だよ」 「叡ちゃん、よろしくね」 「わかった」 水を大切に抱いて叡知は紀太の部屋を出た。 そうしてこの国に陽が出始めた。
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