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「花、お前もしかして龍馬と……」
「以蔵。痛いよ」
「ちゃんと答えろ」
いつもより低い以蔵の声に、彼が本気で心配してくれていることを知る。
「何もないよ。あるわけないでしょ?
龍馬さん。昨日、帰りが遅くて。それで、話してるうちに寝ちゃったの。
でも、朝まで同じ部屋にいるのは流石に良くないなって思って……だから廊下で寝たの。それだけ」
痛みを感じそうなほど強かったその視線を緩めると、以蔵がゆっくりと私の腕を解放した。
「悪かった」
「ううん。以蔵と約束したのに、紛らわしいことした私が悪いから。ごめんね、いつも心配かけて」
心配などしていない。以蔵は素っ気なく答えると背を向けた。以蔵は嘘をつくのが下手だなと思う。そんなところも可愛い。
「ねぇ、以蔵。お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「着替えたいから、以蔵のお部屋ちょっとだけ貸してくれないかな」
以蔵の羽織を纏っているとはいえ、寝間着がわりの浴衣一枚でずっと廊下にいるのは流石に居た堪れない。
それに、こんな姿を武市先生に見られでもしたら、また女子の自覚がないと怒られてしまう。
「それは構わない。勝手に使え」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと借りるね」
あぁ。と言って背を向けた以蔵に、そういえばと思い立って声をかける。
「あ、ねぇ。昨日の会合で何かあったの?」
私の言葉に振り返った以蔵は、酷く難しい顔をしていた。その表情を見ただけで、何かとんでもない問題が起きたのだと理解できる程だった。
「あぁ。慎太がちょっとやらかしたみたいだ。お互いがお互いの意見を譲らないから良い解決方法がないんだと先生が頭を抱えてらした」
中岡?もしかして、龍馬さんに怒られたことを引きずって、大切な仕事でミスをしてしまったのではないだろうか。
だとしたら私のせいだ……中岡に申し訳なさすぎる。
「これで、薩長がまた揉めることにでもなったらまずい事になる」
混乱したように頭を抱えた以蔵の呟きに、思わず目を瞬かせる。
さっちょー?さっちょーって、あの薩長のことだろうか。
もしそうだとしたら、龍馬さん達の大切なお仕事というのは薩長同盟のこと意外考えられない。
薩長同盟は紆余曲折がありながらも、結局最後は丸く収まった筈だ。だから、私の知っている歴史通りになるのならば、中岡のミスも気にする程のことではないのだろう。
この先起こることが私の知っている歴史通りなら……。
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