episode 2.

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木々の枝の上でひっそりとこちらの様子を伺っていた鳥たちが、弾かれるように羽ばたいた。 身体中を震わせる音に、私が小さく息をのんだ時——視界の端にふわりと小さな明かりが灯った。 その小さな灯りは、ひとつ、ふたつと数を増やし——柔らかな光であたりを包み込んでいく。 灯っては消え。消えては灯り。また消える。 ふわり、ふわり。ふわり、ふわり。 あの人が恋しい。あの人が恋しい。 そう言いながら、蛍は恋の灯りを灯すでしょう。 「蛍がきれいでしょ? すぐ近くに川があるんだ」 不意に背後から聞こえた懐かしい声に、私はゆっくりと振り返る。 私の目にうつる彼の姿は、決して、周りの空気に溶けて消えてしまいそうな不確かなものではない。 手を伸ばせば触れられる——そう確信できるほどに。 「……どうして? 」 私の問いかけに、彼は最後に会ったあの時のように随分と柔らかい笑顔で微笑むと、そっと両腕を広げて見せた。 「話せば長くなるから、とりあえず、これだけは先に言わせて。花ちゃん……ずっと会いたかったよ。おいで」 あぁ……沖田さんは私のことをずっと待っていてくれた。そう思うと、胸の奥が切なく痛みを放った。息をするのが苦しい。苦しくて、苦しくて——幸せだ。 今すぐ沖田さんの胸に飛び込みたい。それなのに、私の足はぬかるんだ地面に張り付いたままピクリとも動かない。 ——花が泣いている。お願いだから考え直して。そう叫んでいる。諦めが悪いところは、私もあなたも同じなのね。 でもね、花。言ったでしょう? もう——遅いのよ。 蛍に照らされた道を、重たい足を引きずるように1歩ずつ、1歩ずつ、ゆっくりと歩みを進める。 もう少し。もう少しで沖田さんに触れられる……。そう思った時——何かに強く足を掴まれぐらりと身体が傾いた。 「花ちゃん、大丈夫? 」 私の身体をしっかりと包み込んだ沖田さんが、慈しむような眼差しでこちらを見ている。 その視線を真っ直ぐに受け止めながら、ここまでの長かった道のりに思いを馳せる。こみ上げる想いに、涙が頬を伝って落ちた。 あなたは……愛おしくて、愛おしくて、ただただ愛おしい人。 私はあなたに出逢うため、今日まで生きてきたのです。 「総司がいない世界を1人で生きていくなんて考えられないよ……。これからは、ずっと一緒にいられるよね……」 「ずっと一緒だよ。もう、何があっても離さない……。どこまでも——堕ちていこう」 私と沖田さんの唇が重なった時——ぼとりぼとりと音をたてながら——灯りが消えた。
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