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放課後の図書室は空気がしんと静まり返って心地良い。だけど、別に勉強をするわけじゃない。
なんとなく家に帰りたくない日、私は決まって図書室に逃げ込む。
その『なんとなく家に帰りたくない日』が、しょっちゅう訪れるのが最近の1番の悩み事でもある。
特に読みたい本があるわけでもない。綺麗に並んだ本棚と本棚の間を歩いてると落ち着く。ただ、それだけ。
私のことなど知らん顔で、当たり前のように息を潜めている本に端から順に指を滑らせる。跳ねるような指の動きに反して、なんだかこもった音が鳴った。
「一ノ瀬」
不意に後ろから聞こえた聞き慣れた声に、体がびくりと飛び跳ねる。
「いつになったら帰るつもりだ? 」
「えーっと、そろそろ帰ろうかなーって思ってたところです」
そう言って振り向いた私の頭を、担任が日誌でこつんと弾く。
「それは、さっきも聞いた」
すっかり呆れている担任の表情に、私は肩を竦めて見せる。ですよね。このやりとり数10分前にやりましたよね。早めの再放送ってやつですね。
この人は私の担任で、ついでに剣道部の顧問でもある。名前は特に重要じゃないから省略。
先生はすっごくイケメンってわけじゃないけど、そこそこのイケメン。ついでにすっごく優しい。それなのに彼女はいないらしい。
「ほら、ぼけっとしてないで帰る支度する」
「えー? だって、帰りたくないんだからしょうがないじゃないですか。学生にだって色々と事情があるんですよ。図書室で息抜きするくらい許してくれてもいいと思いますけどっ」
「今度は逆ギレか。一ノ瀬は本当に手のかかる生徒だな。よしっ。今日はとことん付き合ってやる。お前が抱えてる事情ってやつを聞いてやろうじゃないか」
先生は綺麗に並べられた長テーブルの上に日誌を置くと、味気ない椅子に腰掛け、隣の椅子を引き出した。
どうやら隣に座れ。そういう意味らしい。小さな子どものようにぐずってしまった自分が無性に恥ずかしい。
「どうした。早く座れ」
「え……でもなんか、こういうの……恥ずかしいです」
「悩み相談を恥ずかしがる奴がいるか。ほら、とりあえず座れ」
先生に促されるままに椅子に腰掛け、隣に座っている先生を見つめる。
生徒と2人でこんなところにいたら、妙に疑り深い教頭先生に有らぬ疑惑をかけられてしまうかもしれないというのに——先生はそんなことなど、少しも心配していないように見える。
彼女ができないのも納得だ。
「じゃあ、少しだけ愚痴ってもいいですか? いや、愚痴っていうより懺悔かな……」
「なんでも話せ」
先生はそう言うと柔らかく微笑んだ。無害そうなその笑顔につられて、私は次から次へと心の中に溜まりに溜まった毒素を吐いた。
先生は時折頷いたり、そうか。と短く相槌を打った。私の悩みが解決したわけではないけれど——誰かに話すとスッキリするというのは本当だった。そう実感した。
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