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私はお味噌汁のお椀を口元に運びながら、こっそり右隣を確認する。
そして、次は左隣だ。最後は正面に座っている2人と、そっとアイコンタクトを交わす。
誰1人として、にこりとも、くすりとも笑わない。黙々と食事を口に運ぶだけ。
「龍馬さん。今日のお味噌汁は具沢山にしたんです。昨日、お疲れの様だった、の、で……」
どうにかこの淀んだ空気を変えたくて、言葉を発したというのに、言っているそばから地雷を踏んだことに気がついた。
気がついた時には時すでに遅し……。ただでさえ張り詰めていた空気が遂に動きを止めた。
「ご、ごめんなさい……」
私は一体何をしているんだ。今すぐこの場から消えてしまいたい。
そんなことを考えながらがっくりと肩を落とした時。不意に、頭を撫でられて顔を上げた。
「花ちゃんが謝る必要なんてないよ。お味噌汁凄く美味しい。僕の体のことを気にかけてくれてありがとう」
龍馬さんは私を慈しむ様に微笑んでいる。いつもと変わらないその表情に、心の底からほっとしている自分がいた。
この空気も、私がそう感じていただけで、みんなはそこまで深刻には思っていなかったのかもしれない。私が空回りしていただけだ。そんなことを考えていた時。
「……っ、本当にすいませんでした。俺……」
隣から聞こえた声に視線を移すと、中岡が膝の上で拳を握りしめているのが見えた。
「中岡。今は食事中です。話は後にしましょう」
武市先生の静かな声が部屋に響く。
「でもっ。まさか……こんなことになるなんて、思わなかったんです。龍馬さん、俺……」
「中岡。武市が話は後だと言ったのが聞こえなかったのか?」
お膳の上に静かに箸を置くと、ごちそうさまでした。と手を合わせ、龍馬さんは広間を出て行った。
その背中を見つめる中岡の顔があまりにも悲痛だったものだから、私は思わず彼の手を握った。
「中岡。とりあえずご飯食べよう?全然食べてないじゃない。ほら、中岡の好きなキュウリの酢の物も美味しく出来たから食べてみて」
私の言葉に中岡が激しく首を振る。
「俺に優しくなんてしないでください。俺のせいで、同盟は白紙になるかもしれないし、それに」
「中岡やめなさい」
遮る様に紡がれた武市先生の言葉を無視して、中岡が続ける。
「花ちゃんが危ない目に遭うかもしれないんですから」
中岡はそう言うと項垂れたまま動かなくなってしまった。
てっきり自分は無関係だと思っていたので、思わず言葉を失う。薩長同盟と私に一体何の関係があるのだろうか。
異物。
不意にその言葉が頭に浮かんではっとする。私はこの世界では異物なのだ。その異物がこの時代に紛れ込んだことで、何か大きな変化を起こしているのかもしれない。
もしそうだとしたら、このままでは薩長同盟締結が歴史から消えてしまう……。
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