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反応は人それぞれだ——ぎょっとした顔をする人。
遠慮なく上から下まで、じろじろと舐める様に見てくる人。
見てはいけないものでも見た様にそそくさと目を逸ら人。
連れ立って噂話をはじめる人。
皆さん。私が着ているのは未来の着物で、女子学生が当たり前のように着ることになる制服というものです。
赤いチェックのスカートが可愛いと思いませんか?私のお気に入りなんです。そんな訝しげな目で見ないでください。私も、れっきとした日本人ですからっ。
何でも始めて見るものには驚いてしまうのは当たり前のことだ。私にもその気持ちがよく分かる。
市中の皆さんが私の格好を物珍しいと思う様に、私も皆さんの着物や生活スタイル。建物の形状から店先に並ぶ商品まで。全てのものが物珍しく、ついつい目移りしてしまう。
「次はどっち?」
そう言って振り返った先には誰もいない。この状況は何なのだろうか。私が大きな独り言を言ってしまったみたいではないか。
あの子は頭が可笑しいのよ、やっぱり。という声に居た堪れない思いが溢れ出す。やっぱりって……いつの世も、人を見た目で判断するのはご法度だと思うのです。私だけですか?
「次は右です」
細い路地の隙間から少しだけ顔を出した中岡が、素早く右を指差すと瞬時に暗闇へと消えていった。
「ねぇ、どうして隠れてるの?」
「俺、一応お尋ね者なんで目立ちたくないんですよ」
なるほど。目立ちたくないから私とは一緒に歩きたくないということか。お尋ね者って、いわゆる指名手配犯みたいなことだろうか。それは、目立たない方が良いと思う。切実に。
「ありがとう。此処からは1人で行くね」
「え?花ちゃん。待ってください。本当に行くんですか?」
「行くよ。くれぐれも、龍馬さん達には内緒だからね。じゃ、帰り道気をつけてね。指名手配犯さん」
私は中岡にくるりと背を向けると、ポケットから折り畳まれた紙を取りだす。てれれてっててー。お龍さんに書いてもらった地図っ。
確かお龍さんには、龍馬さんを助ける為に薩摩藩邸まで走ったという伝説があったはずだ。それならば、藩邸の場所も知っているだろう。そう思ったのだ。
京の町の何処に何があるのか知りたい。そう言って地図を描いてもらったので、まさか私がその地図を持って藩邸に出向いているとは、お龍さんも思っていないだろう。
ポケットから取り出した地図を広げ、道と照らし合わせる。正直、地図を見ながら目的地にたどり着くというミッションは不得意だ。
けれど、中岡が途中まで付き合ってくれたお陰で、何とか辿り着くことが出来そうな気がする。
どれくらい歩いたのか——角を曲がった先。真っ白な壁が遙か遠くまで続いている大きなお屋敷が目に入った。
入口の門に駆け寄って、大きな表札の様なものを確認する。そこには、薩摩藩邸という文字が書いてある。
私がここにいることで——みんなの前に現れてしまったことで、多大な迷惑をかけている。少しでも役に立ちたい。そう思った。
私に会いたいのなら、会いますとも。それで、何かが変われば儲けもの。変わらなかったのなら、運がなかったと諦めるだけ。
制服のポケットに忍ばせた御守りを強く握りしめる。どうか、龍馬さん達を守って下さい。
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