episode 2.

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episode 2.

温かな陽射しが射し込む午後。リビングに置かれたゆったりとしたソファに腰を下ろす。 外国かぶれのパパが、このソファを置きたいばかりに、予定されていた大きさよりもリビングを広くしたのは記憶に新しい。と言っても、もう6年ほど前の話だ。 ——どれほどの時が流れていっても、私の時間はあの日からずっと止まったままだ。 「ねぇ、お姉さま。たまには私と手合わせしない? 」 リビングに面したお庭から、(つかさ)が顔を覗かせる。 この春で6歳になった司は日を追うごとに、あの方に——沖田さんに似てくる。雰囲気だけじゃない。剣術の腕は間違いなく沖田さんから受け継いだ才能だ。 女の子は強い男に守って貰えばいい。そんなパパの言葉は少しも耳には入らないらしく、道場の男の子を片っ端から叩きのめすことに喜びを感じているらしい。 愛らしい年頃の娘としては落第点だけれど、沖田総司の娘としては合格点だ。そう思う。 「私はもう竹刀は握らないって言ったでしょう? 手合わせしたいのなら道場に行けばいいじゃない」 「道場に行ったって、私と互角に打ち合える相手が誰1人としていないんだもの。手加減してあげるなんてつまらないわ。あーぁ。以蔵さん、早く帰ってこないかな……」 以蔵は仕事の傍、パパの送り迎えもしている。 それ故に、朝と夜の2回——必ず我が家に顔を出す。司が以蔵と顔を合わせることを、何よりも大切な時間だと思い始めたのはいつの頃だったのか——私ですらも気付かないうちに、司は以蔵に淡い恋心を抱くようになっていた。 「はぁ、退屈。お姉さま、やりましょうよ」 「だから、やらないって言っているでしょう? しつこい娘は嫌われるわよ」 「何よそれ。以蔵さんはお優しいから、そんなことで私を嫌ったりはしないわよ」 「そうだといいわね」 「お姉さまって本当に意地悪っ」 司が、小さな子どもらしく頬を膨らませ、大切そうに竹刀を抱えながらソファに座る。 年季の入ったその竹刀が沖田さんの物だということを、彼女は知る由もないけれど——本能的に何かを感じるのだろうか。 大切に扱っているのを見る度、心の奥がゆるゆると温かくなっていく。沖田さんもきっと喜んでいることだろう。 「あらあら、また口喧嘩? お父様は今日は早めに帰ると仰っていたから、もう少ししたらお帰りになるんじゃないかしら。もちろん、以蔵さんもね」 「本当ですか? やったー‼︎ ねぇ、ママ。今日も、以蔵さんを夕食に誘ってね。絶対よ? そうすれば、以蔵さんに剣術を教えてもらえるかもしれないし、もしかしたら何かお話もできるかもしれないわ。ねぇ、お願いよ、ママ」 ママに向かって両手を擦り合わせている司に、思わず吹き出してしまったのは仕方のないことだ。 こんなにも愛されているのだから、以蔵も観念して司を嫁に貰えばいいのに。そう思う。
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