35人が本棚に入れています
本棚に追加
「いったー!」
知己は、咄嗟にチョコレートを投げつけていた。
「誰が『お姫様』だ! 気色悪い!」
鬼を撃退する節分の豆のごとく、よくコンビニのレジ横に置いてある一口サイズのチョコレートを大量に、将之めがけて投げつけた。
「ちょ、待って! 吸血鬼が苦手なのはニンニクですよ! チョコじゃない!」
将之は華麗にマントをかざして、チョコの直撃を防ぐ。
それでも知己の攻撃は、なかなかやまない。
「ちょ、も、いい加減に……! 食べ物を大切にしてくださーい!」
やっとチョコがなくなったのか。
知己がはあはあと息を切らせて、将之に投げつけるのをやめた。
「……それにしてもいっぱいお菓子を用意してたんですね」
ばらばらと自分の周りに散らばった菓子を見回し、将之が言った。
「先輩、本当にこの小さな包みに包まれたチ●コ、好きですよね?」
「意味不明な所を伏せるな。宗孝にもらったんだよ」
「普通、五歳の甥っ子にお菓子をもらいます? 立場逆転してませんか?」
「宗孝も大量にもらったんだと。俺にお裾分けだって、さ」
甥っ子を溺愛する知己は、時々甥に会いに実家に赴く。先日帰った時にでも、もらったのだろう。
「あ、『お菓子』で思い出しましたよ」
「何?」
「ハロウィンの謳い文句です。『お菓子をくれなきゃ、犯しちゃうぞ!』 でしたね」
「それも違う」
やはり掠っているようで、正しくない。
「大体、俺はさっき大量にお菓子をあげたはずだが……?」
と今更ながら知己は言ってみたが、将之は
「これ、くれたんですか? 僕を撃退しようと投げつけたようにしか見えなかったんですが」
当然ながら不服そうだ。
「まあ、いっか」
ゆっくりとした動作でマントを広げ、知己に覆いかぶさる。
「今日の吸血鬼は早々に仕事が終わって機嫌がいいので、いただくのはあなたの血液ではなく、別の液にします」
なんだろう。
めちゃくちゃセクハラされた感が拭えない。
「それ、いつもだろ?」
と言ったが、将之がそれには答えない。わずかに笑いながら知己をソファに押し倒した。
知己の方も抵抗薄く、まんまとソファに押し倒された。
「じゃあ、これでどうです? 『お菓子を貰ったけど、悪戯しちゃうぞ!』というのは」
妥協案を出されても、知己はその後に降ってきたキスに唇を塞がれて何も言えない。
もはやハロウィンの台詞が何だったのかなんて、どうでもいい。
面白がって仮装で迫ってくる二歳年下の恋人の背中に腕を回し、
(なんだよ。やばいのは俺の方じゃねえか……)
と、すっかり将之に魅了されている自分に気付くのだった。
―了―
最初のコメントを投稿しよう!