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ガチャン
私は急いでタイムカードに印字すると
立花凛と書かれたシールのある場所に
タイムカードを戻した。
今日はバイトに入るはずじゃなかったのに、新人ちゃんが急に辞めてしまい店長に頼み込まれて、このざまだ。
店を出た私は走りだした。
「15時24分発、笹野行き」に絶対に乗らなければ!!
ヨッピーに寂しい思いはさせられない。
ヨッピー、待っててね!
今年も必ず会いに行くから。
心の中で必死に唱える。
言葉にしなくてもヨッピーに伝わるはず。
でも何故だろう。
必死に走っているのにスピード感がまるで無い。
普段の運動不足がたたって、体がなまりきっているんだろう。
でも一刻でも早く駅に着くために私は走る。
きっと歩くよりは、マシなはず。
息切れを堪えながら改札を通り、何とか笹野行きの電車に乗り込んだ。
「はぁはぁはぁ」
電車に乗ってからも息の荒さが収まらない。
これじゃまるで変態だ。
他の乗客に気付かれないように深呼吸する。
でも、とりあえず良かった。
この電車に乗ってさえいれば、笹野駅まで私を運んでくれる。
しまった!
花を買ってない。
あーもう、完全に忘れてたぁ。
笹野駅の近くに花屋さん、ないよなー。
小さい雑貨店みたいのがあったような気がするけど、花が売っであるかどうか分からない。
全くもって情けない。
ゆとりがない時には大事な事を忘れてしまう。
バイトの新人ちゃん、今日まで来てくれたら良かったのに。
昨日店長が髪型を注意した時、新人ちゃんムスッとしてたもんなぁ。
いやぁ、でも確かにあの髪型はないわ。
前髪長すぎて片目見えなかった。
思わず「鬼太郎、3番テーブル片付けて!」って言いそうになったもん。
そんな事を考えていたらウトウトし始めて、私は眠ってしまった。
居眠りをしている私は、夢を見始めた。
夢の中でヨッピーが歌っている。
やっぱり素敵な声よねぇ。
ヨッピーこと風上良樹は、端役キャラの声を担当する事が多いイケメンの声優さんだった。
「満腹と空腹の狭間で愛を叫ぶ」のミャンジー。
「イケメン王子と蒲鉾工場へ行くっきゃない!」の俊樹。
「破綻惑星 カバライコエー」のケン。
アニメ好きなら誰もが知っている人気アニメ。
ライブで見た輝くヨッピーは、本当にかっこ良くて笑顔が素敵だった。
まさかそのライブの数日後に事故で亡くなってしまうなんて。
本当に悲しかった。
あれからもう5年が経ったんだよね。
あの頃10代だった私も、もう21歳になったよ。
ヨッピーは享年22歳だから、生きていたら27歳だね。
天国でもあの声で歌ったり吹き替えしたりしてるのかなぁ。
あっ、ヨッピーが私を見てる!
私は引きちぎれんばかりに手を振る。
ヨッピーはステージから降りてきて私を抱き締めた。
私も彼を抱き締める。
そっと体を離しヨッピーは私を見つめる。
そして顔を近づける。
私も目をつぶり唇を少し突き出す。
「・・・客さん!お客さん!終点の笹野ですよ!」
車掌さんが起こしてくれた。
回りにはもう誰もいなかった。
私は口から流れ出そうになっていたヨダレを拭くと、早足に電車を降りた。
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