潔いほどの、田中であった

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 信号が黄色から赤に変わり、私はゆるやかにブレーキを踏む、そして停止線少し手前に車を止めた。  ちょうど左脇、ふと目をやった先に家が一軒、ひかえていた。  歩道を挟んで、何の変哲もないブロック塀が巡らされている。  運転席からは、家の正門にあたる切れ目を通し、小ぎれいに整えられた庭と、その奥の屋敷が垣間見える。  この辺りの住宅地としては、やや敷地が広い方に入るのだろうか、それでも特に成り金らしくもなく、古くからの農家などという感じでもなく、その家はきらびやかさも派手さもないごく普通の、整った感じにみえた。  正門と言っても、塀のブロックが途切れた間に、同じような灰色の大きな四角柱が、鉄柵などもしつらえずにただ、並んで立っているだけだ。  そして右側の柱には、白い御影石が四角く嵌めこまれ、まん中に墨くろぐろと 『田中』  そう、彫り込まれていた。  潔いほどの、田中である。  細めの明朝体であろうか。  そのふた文字を目にしたとたん、私の胸中にこれまでのさまざまな出来事が蘇ってきた。  そう、まさに、怒涛のごとく。
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