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突如、床を踏みしめる感触が消えた。
――しまった、落とし穴だ! そう思った瞬間に、俺は既に死んでいた――
「あー、死ぬかと思ったぜ……」
「いや、あたかも危機一髪だったぜみたいなこと言わないでよ」
目の前にいる少女が、ため息をつきながら地べたに座り込んだ俺を見下ろしている。
彼女はジェシカ、数少ない俺のフレンドであり、パーティーメンバーである。
黒色をベースとして赤の差し色がまぶしい魔術師のローブを身に着けて、燃えるような赤髪を肩より少し下くらいまで伸ばしている。
2人がいるのは始まりの街、その中心である広場。
――ひとことで言うと、第1層のリスポーン地点である。
このゲーム内で死亡した場合、経験値と資金にわずかなペナルティを与えられて、各層にあるリスポーン地点へと送還される。
そして俺は、つい先ほどダンジョン探索中に死亡し、ここへと送還されたところだ。
「だってさあ、通路歩いてるだけで急に落とし穴に落ちて即死だぜ? さすがにクソトラップすぎるでしょ」
「まあ、クソトラップには同意するけどさ……。あんな丸見えの罠に引っかかる方がどうかしてるでしょ?」
「もちろん俺だって確かに回避したと思っていたさ。でも気付いたら落とし穴の底だったんだ」
「ちょっと何言ってるか分からないわね……」
「俺も何が起こったのかわかんねーが、あれは間違いなく『位置ズレバグ』だ」
「そ。バグなら仕方ないわね」
この世界では簡単に人が死ぬ。原因は、大体バグ(不具合)だ。
「どうしてよりにもよってトラップが発動した時に位置ズレが発生するんだよ! あれさえなければ普通に回避してたっての!」
即死トラップである落とし穴は普通に警戒していればまず引っかかる事はない。プレイヤー1人分の幅しかない上に罠が丸見えだからだ。
丸見えの落とし穴に自ら落ちる物好きなどいないだろう。
「ふーん。てっきりアンタが丸見えの落とし穴に自ら飛び込んだのかと思ったわ」
「お前の中の俺のイメージ、一体どうなってんだよ……」
俺は確かに見えていた落とし穴を回避したはずだった。しかし、位置ズレバグ(仕様)によって本来回避したはずの落とし穴に落ちて即死することになってしまった。
つまり仕様とバグ(仕様)が合わさる事によって回避不能の即死トラップが完成した、という事である。
ちなみに、今日は1時間足らずで既に3度目のリスポーンである。もちろん、3回ともバグのせいで。
「この位置ズレバグって初期からあるのに全然直らないのよねー。運営は一体何をしてるのやら」
「そうだな。そしてそのバグに対する運営の回答も手元にあるぞ」
「ふーん、どれどれ……」
俺が手渡した文書を読むジェシカの表情がみるみる険しくなっていく。
そりゃそうだ。バグに対するこんな回答を見せられたら、誰だって険しい表情をしたくなるだろう。
運営からの返答を要約するとこうだ。
『1メートル程度の位置ズレに関しては軽微なバグであるため、現状では運営としての措置を行いません。また、それによって発生したいかなる問題についても同様に運営として措置を行うことはありません。(つまり、仕様です)』
「1メートルの位置ズレが軽微ってのもそうだけど、バグに対して運営が仕様ですって言い切っちゃうあたりが本当にクソゲーよね」
運営からの回答を読んだジェシカが頭を抱えながら呟いた。
全100層からなる壮大なダンジョン、現実と見まごうような美麗なグラフィック、自由度の高いゲーム性。
このゲームは世界で唯一にして最新鋭のフルダイブ型MMORPG、『スペクタクル・オンライン』――通称、『クソゲー』――である。
コンピュータの性能や全く新しい技術など様々な問題を解決した、世界で初めてのフルダイブ型MMORPGではあるが、解決しきれない問題が多数のバグやラグをはじめとする膨大な不具合として残ったままリリースされてしまった。
その結果、「スペクタクル(笑)・オンライン」「ある意味壮大」「壮大なバグゲー」「ただのクソゲー」などと言われる始末である。
「私はそろそろ落ちなきゃなんだけど、アンタどうする?」
「今日も経験値が赤字だし、今度こそ稼ぎたいんだけどな」
「そ。じゃあ私は落ちるわ。お疲れ」
「そこは仕方ないわねーとか言いながら手伝うところじゃないのか!?」
「いちいち肉壁に付き合ってる暇なんてないの。それじゃ」
そう言ってさっさとログアウトしてしまった。血も涙も胸もないヤツだ。
「しゃーねえ。1人でも行けるとこ行くしかないか」
そうして俺が向かったのは、とあるダンジョン。
1体あたりの敵は強いが、敵の出現位置を把握していれば複数体を相手取る必要が無い。トラップの配置もわかっており、(よっぽどのバグが起こらなければ)回避もたやすい。
自分のような壁役にとっては非常に稼ぎやすいダンジョンであり、ソロの時にはよくお世話になっている場所でもあった。
「ここなら安定して稼げるだろうし、ちょうどいいだろ」
別のパーティーに合流させてもらう手もあったが、新たなパーティーを募集する手間が惜しい。
決してフレンドがいなくてパーティーを組めないわけではない。断じて。
決して! ぼっちなどでは! 無い! ……大事な事なので2回言いました。
見慣れた入口。見慣れた通路。見慣れた敵。見慣れたバグ。
「今回は……モンスター透明化バグか。これ、敵の攻撃のタイミングが分からなくなるから苦手なんだよねー」
しかし、この程度のバグなら慣れたものだ。今では透明化して見えなくなっているはずの敵の動作が、目に見えるように分かる。
俺は丁寧に1体ずつ敵を引き寄せてはきっちり盾受けして、相手の体制が崩れたところにカウンターの剣戟をお見舞いする。
いつも通りの、手慣れた戦法。
淡々と戦闘をこなし、いつも通りバグを受け流して、いつしかボスフロア前の安全地帯まで到達していた。
「ふぅ……。ひとまずここまで来たな」
安全地帯にはモンスターが侵入できないようになっている。
俺は一応周囲の確認をして、人心地つく。
このクソゲーにおいては、安全地帯(笑)にモンスターが侵入していることも決して珍しくないからだ。
慣れているダンジョンとはいえ、正確な盾受けとカウンターを繰り返す戦法は、かなり集中力を消耗する。そして、集中力を切らせばすぐに死の気配が近づいてくる。
事実、少し気を緩めた瞬間にどっと疲労感が襲ってくるようだった。
あまりここに長居も出来ないので、ボスの行動パターンを再確認してボスフロアへと向かう。
ついでに俺は軽く消耗品の確認を済ませる。――よし。問題無いな。
そしてそのまま、俺はボスフロアへの扉を開けるのだった……。
「…………?」
ボスフロアに侵入したはいいが、何かがおかしい。
――本来出現するはずのボスモンスターがいつまでたっても出現しないのだ。
本来ならフロアに侵入して間もなくボスが出現していたのだが、出現パターンが変化したのだろうか。こんなことは初めてなのでよく分からないが。
俺は慎重に周囲を気にしながら、フロア中央まで歩み寄る。
「ボス撃破後の宝箱、落ちてんじゃん……」
本来、ボスを撃破したときに出現するはずのそれを見つめながら、しばし逡巡する。
もしかすると、前回倒したパーティーが取り忘れたのかもしれない。……そんなマヌケなパーティーがいるとは思えないが。
色々考えた結果、単なるバグである可能性が高いと判断し、慎重に宝箱を開けてみる。
トラップじゃありませんように。トラップじゃありませんように。トラップじゃありませんように!
宝箱の中には、見知らぬ盾が1つ、入っていた。
特に変わった様子も無い、銀色の金属光沢を放つ大盾だ。強いて言うなら、表面に何かよくわからない紋章のような模様が彫られている。
「うーん、特に変わった様子は無いし、普通の盾だよね……?」
しかし、アイテム表示名を見た瞬間、その評価が間違っていたことを思い知らされた。
「なんだこれ……。アイテム名がバグってる……。てか、文字化け?」
よくよく見るとその盾は、アイテム名だけでなく能力値も説明文も全て文字化けして読めなくなっていた。これでは装備した際の能力も分からない。
「はぁ……。しょうがない、街に戻ったら調べてみようか」
そう思って持っていた盾をストレージに戻そうかとした時である。
「『外す』コマンドが無い……。いや、そもそもこれを装備した覚えなんて無いんだけど」
その盾は、装備した覚えも無いのに何故か装備スロットに入っており、装備から外すことも出来なくなっていた。
正確には、『外す』となるべきコマンドが『装備』になっており、そのコマンドを実行しても何も起こらない。
当然、盾は装備された状態のままだ。
「なんだ、またバグか……。でも、このパターンのバグは初めて見るな……」
今更多少のバグで驚くようなことは無いが、初めて見るバグは少し気になる。
何故か出現しないボスと、初めから出現してた宝箱の事も気になるしな……。これもまとめて、街に戻ったら調べてみよう。
そのままダンジョン出口へと向かおうとした時だった。
出口の方から、何かがこちらへ向かって近づいてくる。
「んなっ!馬鹿な!」
ひときわ巨大な体を揺らしながら突進してくるブタ顔のモンスター。このダンジョンの、ボスオークだった。
ボスオークはかなりの勢いで突っ込んできており、既に回避できるタイミングではない、俺はどうにか手に持っていたバグ盾を目の前に掲げ、突進してくるオークを迎え撃つ。
突進の衝撃をいなすように敵を弾き、気が付いた。
この盾、以前の盾より格段に扱いやすい!
文字化けして読めなかったが、おそらく能力値が高いのだろう。1度攻撃を弾いただけで分かるほど強い。
ボスオークが怒り狂ったように、手に持った棍棒を振り下ろしてくるが、それらの攻撃を難なく受けきる。
以前の装備であれば多少苦戦するほどの相手だったが、今はほとんど苦戦せずに相手出来る。
敵の攻撃を受け流しながら、そんな事を考えるくらいの余裕が今はあった。
そして、敵の隙を逃さず、的確にカウンターを決めていく。
こちらの攻撃がヒットするたび、わずかずつではあるが、確実にボスのHPゲージが削れていく。
――そして、約30分後。大して苦労もなく、無事にボスオークを攻略していた。
「つ、疲れた……。いや、ゲーム上のHPは全然減ってないんだけどな……」
盾の能力が上がったからと言って、攻撃力は据え置きのまま。
ソロだとどうしても火力不足なのは相変わらずなのであった。
そして最終的に集中力を使い切ってしまった俺は、今日の分の冒険を終了せざるを得なかった……。
翌日。
結局疲れ切って昨日はすぐ落ちてしまったが、早速ジェシカに昨日の顛末を説明していた。
「ふーん。バグ装備ねぇ……。このゲームに限って言えば、珍しいものでもなさそうなんだけど」
「それでも、能力値不明で外すことも出来ない、ってのは聞いたことが無いし、さすがに異常だとおもうんだけどなー」
このゲームにとってのバグは、広く深く根付いている。
特定の誰かに対してだけ発生するバグは、もはやただの嫌がらせでしかない。
誰も知らないバグというのはさすがに普通じゃない。
「そもそも、このゲームが異常でない時なんてあった?」
「それは……ごもっともで……」
「ま、こっちでも調べてみるから、不都合が無ければそのままでいいんじゃない?」
「自分は困らないからって適当な……。しかも調べると言ってもアテはあるのか?」
「ふふふ、アンタと違ってこんな美少女プレイヤー、みんなが放っておくわけないでしょ?」
「ソレモソウダネー(棒)」
確かに、女性プレイヤーは貴重ではある。キャラの見た目がいいのも間違いない。
だが、こいつに係わった事のあるヤツなら(キャラメイクによって誤魔化せる)見た目以外の部分に問題がありまくる事は分かっているだろうし、あまり近づきたくない人が大半だろう。俺1人の犠牲で済むならそれに越したことは無い。
ちなみに、VRMMOという特性上、実際とゲーム上の性別が異なる状態でプレイを続けると、リアルの人格に悪影響を及ぼす可能性がある……らしい。なので、リアルとゲーム内で異なる性別でのプレイは世界的に禁止されている。
女装したおっさんがジェンダーレスを叫びながら街中を疾駆する……などといった、痛ましい事件を2度と起こさないために。(なお、このおっさんは『ゲーム内でくらいチヤホヤされたかった』などと供述していたらしい)
なんにせよ俺にはジェシカ以外のパーティーメンバーが存在しないので、こいつと組む以外の選択肢など存在しないのだが。
ゲーム内だけでもいいからもっとフレンドとか欲しい。
いやそんな事は今はどうでもよくて。
「とりあえず、このバグ装備を色々試してみたいんだけど」
「そう。じゃあとりあえずラストダンジョンでも行きますか」
「いや確かに強敵相手に試したいけどさ、いきなりそれは流石に無謀じゃないかな?」
「そう? 色々試せて楽しそうだと思うけど」
「それで死んでたら世話無いよね……?」
「別にいいじゃない、アンタが死んでも私は困らないもの」
「どうして俺だけ死ぬ前提なのさ! 盾役がいないとジェシカも困るよね?」
「いいじゃない、私はそれでも楽しいから」
こいつ。さらっととんでもないことを言いやがる。下半身だけ地面に埋めてやろうか。泣いて! 謝るまで! 助けて! やらない!
「そんなの、俺は全く楽しくないんだけど……」
そんな訳で、俺たちはラストダンジョンの前に来ていた。
「あれ……? どうしてこうなったんだろう……?」
「アンタがどうしても来たいって言うから仕方なくね」
「いや、少なくとも俺は反対してたよね!?」
ラストダンジョン――その名の通り、第1層の最終ダンジョンだ。このダンジョンの最奥には、第2層へとつながるポータルがあると言われている。
運営がそう言ってるだけなので、実物は誰も見たことが無いが。
「まあ、ボスフロア以外は踏破されてるから、無茶ってほどでもないけど……」
コイツなら『折角だからボスまで行ってみましょ』とか言いそうで油断できない。
「なら早く行きましょ。肉壁が先行してくれないと私が進めないじゃない。あと折角だからサクッとボスを倒して第2層まで言ってみましょ?」
コイツは予想以上にとんでもない事を言い始めた。
「いつもの事だけど、相変わらず容赦ないな……」
しかしコイツは(自分にとって)面白い事に関して、滅多に意見を曲げようとしない。ここで押し問答しても時間と労力と自分の精神を無駄にすり減らすだけなのは散々学習してきたのだ。
そんなジェシカの口撃の影響もあり、俺は仕方なくダンジョンへと足を踏み入れるのであった……。
「昔調べたんだけどこのダンジョン、推奨レベルの割にボスだけが異常に強いとかって」
「そうみたいね。推奨レベル自体はそれほどでもないみたいだけど」
ダンジョンの推奨レベル20に対して俺は15、ジェシカは12である。明らかにレベルが足りていない。
レベルが足りていないが、ダンジョンごとの適正レベルが当てになった試しは無い。それはなぜか。
このゲームはとにかく死にまくる。あまりにも死にまくるせいで、デスペナによりレベルがちっとも上がらない。
代わりにバグによって適正レベル以上の装備がゴロゴロ手に入るため、『レベルは飾りで装備で殴る』という戦略がプレイヤーの共通認識となっている。
強い装備ほど要求能力値が高いため、全く意味が無いではないが。ほぼ誤差みたいなものである。
「ま、この盾があればある程度は何とかなるだろうし。それに……」
俺は後ろからついてきているジェシカに振り向いてから、
「今日は昨日と違ってジェシカもいるしな」
「ふ、ふん。当たり前でしょ?私を誰だと思ってるの? 天才美少女魔術師、ジェシカ様よ?」
天才かどうかは置いておいて、美少女はまあ、間違ってないだろう。……見た目だけなら。
「ゲーム内の見た目なんてただのアバターなんだから言ってて悲しくならなぷぎゃっ!」
殴られた。そもそも美男美女じゃないプレイヤーを探す方が困難なのだから。
しかも魔術師というジョブにもこのゲーム特有の不安要素があるのでやっぱり当てにならないかもしれない。
と、ある程度進んだ時点で、モンスターの姿を見つける。
遠くて見づらいが、犬を狂暴にしたようなモンスター、ヘルハウンドだ。
高い敏捷性と攻撃力、そして大体数匹の群れで行動する特性を持つ、厄介な相手だ。
前衛の防御力が足りて無ければ速攻全滅もあり得る。
相手はまだこちらに気付いていない。俺は一度歩みを停止し、ジェシカに合図を送る。
ジェシカも合図を見て、無言で頷き返す。
いつものパターンで行くぞ――
2人の間で、無言の会話が成立する。今まで幾度となく繰り返してきたやり取りだ。
2人は相手に気付かれないように徐々に距離を詰めていく。
まずは俺が敵に向かって盾を正面に構えながら突撃する。
「シールドチャージ!」
盾装備突進技、シールドチャージ。
俺が突撃体勢に入った直後、敵もこちらに気付いて迎撃の体勢を取る。そのまま鋭い爪を鈍く光らせながらこちらに飛び掛かってきたが、こちらの勢いが勝り、逆に敵を弾き返した。
攻撃がヒットした瞬間、残りの突進をキャンセルし、急制動。周囲に注意を巡らせる。
――予想通り、周囲に同じモンスターがあと3体。計4体のヘルハウンドがこちらに気付いて戦闘態勢を取っていた。
残りの突進をキャンセルしていなければ、大きな隙を晒すことになっていただろう。
後から俺達に気付いた3体が一斉に俺に向かって飛び掛かってくる。右、左、上――それらを順番に、的確に盾で迎撃し、叩き落していく。
その隙を縫うように、体勢を立て直した最初の1体がジェシカに向かって突進する。
「させ……るかぁっ!」
俺はその側面に向かってシールドチャージを放ち、突進するヘルハウンドの横腹目掛けて盾を叩きつける。
「キャウンッ!」
ヘルハウンドは鳴き声を上げながらも体勢を立て直し、再びこちらへと対峙する。
4匹と1人が張りつめた空気の中睨み合う。
肌を差す緊張感の中、背筋を冷たい汗が通り過ぎて行った。
「エクスプロージョン!」
その瞬間、背後からジェシカが魔法を唱え、俺の目の前で巨大な爆発が起こった。
ドッゴォォォォオン!という爆音と共に、巨大な閃光が弾け、俺もろともヘルハウンドたちを吹き飛ばした。
ジェシカの魔法で床を転がる羽目になった俺はその場に座り込みながらHP回復用ポーションをあおる。
正直さっきの戦闘よりも魔法の巻き添えになったダメージの方がでかい。
「痛ってぇ……。せめて俺を巻き込まないようにしてくれよ……」
「だって、アンタを外すとまとめて仕留められなかったんだもの」
「俺の盾受けが間に合ったからいいものの、下手すりゃ俺ごとやられてたぞ、これ……」
「そんときはアンタの盾受けが下手糞だったせいでしょ、そんなもの知らないわよ」
ジェシカはさも当然、と言いたげに悪びれずに言い放つ。
これが魔術師の不安要素その1。なぜか魔法が味方にも当たる。ある意味リアルかもしれないが、おそらく魔法が敵味方を識別できないバグ(仕様)なのだろう。
ちなみに魔法耐性次第では余裕で即死もありうる。なので基本、魔術師は後衛職なのにパーティーからは嫌われている。
「はぁ……。いつも通りとは言え、相変わらず滅茶苦茶だな……」
「だってまとめて倒さないとMPが勿体ないじゃない?」
「俺の命よりMPの方が大事なんだな……」
しかし1撃で4体の敵を仕留めた腕は間違いなく、そんなジェシカだから安心して背中を任せられるとも言えるが。
いや、下手すれば即死する背後からの攻撃に気を付けなければならない時点で、安心して背中を任せられると言っていいのだろうか……。
考えたら負けな気がしたので、とりあえずは気にしない事にした。
その後も順調に敵やトラップを突破していった。その時だった。
カチリ。俺の背後でスイッチを押すような音が聞こえた。どうやら背後のジェシカが罠の起動スイッチを踏んでしまったらしい。
同時に、鋭い風切り音が聞こえた。弓矢トラップだ――と思った瞬間には、既にぐっさりとに矢が刺さっていた。……なぜか、俺の背中に。
「さすが、新しい盾は強いわね」
「いやこれ、盾関係無いけどな……」
俺の背中には、ぐっさりと矢が刺さっていた。背中に刺さっているだから当然盾の効果など関係ない。
俺はもともと防御特化なので大したダメージでは無いのだが……。
「そもそもなんでオマエが踏んだ罠に俺が当たらにゃならんのだ」
「さあ? 矢は私の後ろから飛んできた気がするんだけど。どうせバグ(仕様)でしょ」
どうやら、ジェシカに当たるべき矢は、何らかの理由(バグ)により本来の軌道を逸れ、俺に命中したらしい。
この程度のバグ(仕様)なんて気にしてたらキリがないが、なぜか心労は2倍になっている気がする。
おそらく気にしたら負けなので気にしないことにするが。
「ついに、ここまで来ちまったな……」
「そうね、まさか本当に到達出来るなんてね……」
バグ(仕様)で安全地帯に迷い込んでいたモンスターを撃破して(まれによくあることだ)、俺たちはボスフロア手前の安全地帯で小休止していた。
「今の俺達でガチパーティーみたいな事が出来るとは思わなかったな……」
常に最前線で新規ダンジョンを攻略しているようなガチパーティーは全プレイヤー内でもごく一部、せいぜい100人程度と言われている。1日あたりの接続人数が数万人と言われているから、どれだけ限られたプレイヤーであるか分かるだろう。
「そうね。でも、こんなところで感慨に浸っている場合じゃないでしょ?」
既にボスフロアの前なのだ。こんなところでいつまでも立ち止まっている訳にはいかない。
「折角だから、宣言通りこのままボスまで倒しちゃいましょ?」
ジェシカは相変わらず、とんでもないことをさも当たり前のように言いやがる。
けれども、不思議と今はその高慢さが安心する。
「そうだな。よし、準備はいいな? 行くぞ!」
「ふん、誰に命令してるのかしら? 私はいつでも準備万端よ!」
そうして、2人はボスフロアの扉を開けたのだった……。
ボスフロア内は一言で言うと、岩山の中だった。
そこかしこに大小様々の岩や石が転がっている。
さすがボスフロアといったところか。今までの一般フロアであった汎用マップを使いまわしただけの似たような風景とは全く違う。
しかし、このゲームに細かな地形の表現など出来ないので、所詮ただの見た目の問題だけではあるが。
などとフロア内を眺めているのもつかの間、壁際の岩の上から咆哮を上げながら、何かが降り立ってきた。
巨体の表面は硬い鱗に覆われ、巨大な翼に鋭い爪。どこからどう見ても、ドラゴンだった。
ボスモンスターだけあって、演出も見た目も凝っている。フロア同様、雑魚モンスターも同じようなグラフィックを使いまわしているだけなので、やはり手が込んでいる。
その熱意を、もっと一般フロアにも割り振ってくれればもう少しまともなクソゲーになった気がするんだけどな。
そんな事を考えているのもつかの間、まずはボスが鋭い爪による連撃を繰り出してくる。俺は冷静に爪の軌道に合わせて盾を構え、タイミングよく衝撃をいなしていく。
しっかりと盾受けをしても腕が痺れるほどの衝撃。おそらく、この盾でなければ既に勝負は決まっていたであろう。
サイズがサイズだけに動きは素早くは無いが、1撃1撃がこれまでのどんな敵よりも重い。わずかでも集中を乱せば、盾ごと吹き飛ばされてしまいそうな威力だ。
「ファイアボール!」
後方からジェシカの援護による炎弾が放たれる。
その炎弾は、一直線に飛んでいき、何故か俺の後頭部へとヒットした。
「今は遊んでる場合じゃ無いだろ!」
「ちょ、ちょっと魔法が暴発しただけよ!」
魔法の暴発。放った魔法がなぜか術者の手元で爆発したり、狙った対象以外に向けて放たれるバグ(仕様)。もちろん味方にも当たる。
魔術師が不人気職なのも、パーティーにとって好まれないのも、大体このバグ(仕様)のせいである。
そうして少しずつボスのHPを削り取っていき(たまに魔法の暴発もしながら)、およそ半分ほどに到達しようかという時だった。
突如、ボスが大きく飛び退り、今までとは明らかに異なるモーションを見せた。
「ジェシカ、行動パターン変わるぞ、一旦退避しろ!」
このボスの情報はガチ勢たちが予め収集してくれている。だから今もずっとボスの攻撃パターンに対応できていた。
そして、このボスの本当の恐ろしさは、HPが半分を切る、この瞬間だという事も。
「ジェシカ、行動パターン変わるぞ、一時退避! その後は作戦通りに!」
「了解! こっからが本番ってわけね!」
ジェシカが指示通り魔法の詠唱を中断し、そのまま俺の陰へ隠れるように回避行動を取る。
大きく飛び退ったボスが、そのまま巨大な翼をはためかせ、宙へとホバリングする。
ホバリング体勢のまま、ボスが大きく息を吸い込む。
ジェシカが背後から魔法を放つが、ボスの羽ばたきによる強風でかき消されるのが見えた。
空中にいる間は完全無的って、こういう事か……!
ブレスの予備動作で空中にいる間、近接攻撃はそもそも届かないし、遠距離攻撃は全て弾かれるらしい。
つまり、その間は完全無的状態となる。
ボスが大きく息を吸い込んだのち、灼熱のブレスを放ってきた。
俺はその行動を予め予期して正面に向かって盾を構えている。
ドラゴンブレスが俺の大盾などお構いなしに襲い掛かる。
俺が構えた盾を通して、ブレスの熱が襲い掛かる。構えた盾ごと溶けてしまいそうな熱気に炙られて、意識すら刈り取られそうになってくる。
ブレスは敵の正面のみならず、広範囲にわたって拡散し、構えた盾の側面や背後からも襲い掛かってきた。
そのまま全方位からブレスの熱気が猛り狂い、2人の姿を飲み込んだ――
そしてその瞬間――2人揃って、死亡した。
――始まりの街、広場――
「いやー、死んだなー!」
「死んだなー! じゃないでしょ……。なんなのあのブレス攻撃。ほとんど反則じゃない」
「話には聞いていたけど、あれほどまでとはな」
第1層ボス。レベル20、ドラゴン。
基礎能力はボスらしい高さではあるものの、さほど驚異的ではない。
しかし、HPが半分を切った時に行動パターンが変化し、その際に行うブレス攻撃が完全におかしい。
フロア全体攻撃、即死級威力、さらに攻撃中は空中にいて無敵、遠距離攻撃すら無効化する。
しかも全方位攻撃なので、盾受けなども意味をなさず、この攻撃を耐えきったプレイヤーはまだいないという。
そのためプレイヤーからは、「回避不能」「喰らえば即死」「無理ゲー」「クソゲー」と言われる始末である。
事前に情報だけは知っていたが、実際目の当たりにすると確かに無理ゲーだのクソゲーだの言いたくなる気持ちは分かる。
「あのブレス攻撃さえどうにか出来ればいいんだけど……」
「その方法が見つからないからみんな困っているんでしょ?」
「う~ん、まともなゲームなら、対処するために何らかのアイテムなりイベントなりがあるはずだけど」
「あら、このゲームがまともだったことなんてあったかしら?」
反論の余地なく、俺は黙り込んでしまう。
このゲームにまともさを期待するだけ無駄なのである。
「だとしたら、正攻法でなくてもブレスの対策が取れればいいんだけどね……。正攻法じゃどうやっても無理そうだし」
2人揃って黙り込んでしまう。
そもそも、ガチ勢の人たちがこれだけ頑張っても糸口すら見つからないんだ。俺達2人がいくら頑張っても対策など思いつくはずも無い。
「そういえば……」
「どうした、何か思いついたか!?」
ジェシカが何か思いついたように見えて、つい興奮してしまう。
「そうじゃなくて、いいから落ち着きなさい」
そうして真面目なトーンになり、ジェシカがこちらを見つめてきた。
「その……。アンタは、どうしてそんなに攻略にこだわるわけ? 別に攻略ギルドでもなんでもないのに」
その問いの意味について、しばし逡巡する。自分が、攻略にこだわる理由? そんなものは決まっている。
「確かにこのゲームって普通に生活してるだけでも楽しいよ。そもそもMMORPGとしての遊び方にこだわる必要性すらないくらいにね。でもだからこそ、こうやって現実じゃ絶対出来ないような冒険するのって、もっと楽しいと思わないか?」
楽しいから――。それ以上の理由なんて必要だろうか。
「まあ、確かにね……。」
「それにもし、俺たちが踏破不能とまで言われた第1層を攻略したら、周りのやつらはなんて思うかな?」
そう言っていたずらっぽく俺は笑みを浮かべた。
「ぷっ……。さっきはどう頑張っても無理だって言ってたのに」
「それはこれから方法を考えるんだよ」
「まあ、確かにこんな冒険現実じゃ絶対出来ないし、死んでも構わない世界なんて普通はありえないでしょう。でもそれは、こんなバグだらけのクソゲーな世界じゃなければもっと楽しいと思わないかしら?」
「この世界がクソゲーなのは同意するよ……。でも現状、これ以上に楽しい世界なんて、どこにも存在しないね」
そこまで言って、ジェシカが少し考え込むようなそぶりを見せて、再びこちらを見つめてくる。
「ま、ギリギリ及第点としておくわ。……それじゃ、ちょっとついてきて」
そう言いつつ、ジェシカが手招きしながらどこかへ向かう。
そうして街の中央からそう遠くないエリアへと移動して、ジェシカが立ち止まった。
その目の前にあるのは、ゲーム内の倉庫だった。
持ち歩く必要のないアイテムや余剰の消耗品などを預け入れる場所であり、全プレイヤーがお世話になる施設の1つである。
「ちょっと待ってて。確かこの辺に……。あったあった」
ジェシカは手早く倉庫のストレージを操作しして、すぐに目当ての物が見つかったのか、こちらに向き直る。
「これが助けになるかわかんないけど、一応アンタにあげるわ」
そう言ってジェシカが差し出したのは、1つのペンダントだった。
蘇生のペンダント:アイテムレベル90 重量100 効果:HPが0になった時に自動発動、1度だけHP最大で蘇生出来る。効果発動後、消滅する。
「私が持つとまともに移動すら出来なくなっちゃうから、アンタが使って?」
「使ってと言っても……。そもそもこんなアイテム、一体いつ手に入れたんだよ?」
「ほら、流星群のイベントがあったでしょ?」
VR世界で流星群を見よう、というイベントである。
可能な限りリアリティを出すため、実際に流星を作り出していたらしいが、流星のプログラムにバグがあり、何故か流星が地表に降り注ぐというただの大災害になってしまったが。
「あれをイベントと言い切れるのが凄いな……」
「あのときに、降ってきた流星に紛れて拾ったの」
確かに、流星に紛れて鉱石系のレアアイテムが降ってきたという話を聞いたが、まさか本当に存在するとは思わなかった。しかも、情報サイトですら見たことのない、超級のレアアイテムだ。
いくらなんでも、それほどのレアアイテムをおいそれと受け取れるほどの間柄でもない。……多分。
「そもそも、俺の所持重量だってまともにこんなものを持てるほどじゃないぞ?」
「じゃあ、まともじゃない使い方をすればいいんじゃない?」
プレイヤーには筋力と頑強によって決定される所持重量が存在する。これをオーバーすると移動にペナルティが発生し、所持品の合計重量が所持重量の2倍を超えると、一切の移動が出来なくなる。
ちなみに、『所持品の重量』というのは装備品から消耗品、ドロップアイテムまで含まれるので、意外と馬鹿に出来ない要素でもある。
「まともじゃない使い方ってなんだよ……。」
「それくらいは自分で考えなさい。例えば……、持ちきれないアイテムは、代わりに私に持ってもらう……とか」
「それはつまり……?」
これからもずっと一緒にパーティーを組んでくれるのか、と言おうとしたところで。
「なに変な想像してんのよ、バカ!」
と言いながら顔を真っ赤にしたジェシカが杖で叩いてくる。ジェシカの攻撃力と俺の防御力なら1とか2とかのダメージしか入らないが、多少は痛い。
いっそさっさと死んでしまった方が楽になれるのではとも思ったが、多分復活した瞬間にまた殴られるだけなのでやめておいた。
ひとしきり俺を殴って疲れたのか、ジェシカが荒い息を整えながら聞いてくる。ちなみに顔はまだ赤い。
「で、どうするの? アレを攻略するって言ったって、結局何も思いつかないじゃない」
「うーん、もう少し情報を集めて……」
と、その時閃いた。
「ジェシカ、悪いけど、俺ともう1度だけ(ダンジョン攻略に)付き合ってくれないか?」
「え、ちょっと、付き合ってって言われても、そんないきなり……」
「アレを攻略する方法を、思いついたかもしれないんだ」
「……どうして俺はまた殴られなくちゃいけないんだろう?」
「さあ? 人に誤解させるような事を言う方が悪いんじゃない?」
何か俺はジェシカに対して怒らせるような事を言ってしまったのだろうか。殴られ過ぎて痛む頭を押さえながら考えても答えは分からないが。
「けど、本当にこんなやり方でうまくいくかは分からないぞ?」
「それを確かめるためにもう1度挑戦するんでしょ?」
既に蘇生のペンダントを使ってボスを倒す方法は説明した。
我ながら無茶苦茶な作戦だと思ったが、あいにく1人では実行出来ない。そしてジェシカ以外頼れる相手もいない。
無理にジェシカに付き合わせる訳にはいかないと思ったが、当のジェシカは何故か怒りながら、「付き合ってやるに決まってるでしょ、バカ!」と言いながら何度も俺の頭を殴って来たので、もう1度付き合ってもらう事にした。
現状、俺のステータスでは(外せない盾を例外として)、蘇生のペンダントを装備するとほぼ重量ペナルティギリギリであることが判明し、その他の装備は満足に持ち歩くことが出来ない。
そういう訳で、俺はパンツ1丁に大盾(+ペンダント)というHENTAI極まりない格好でダンジョン攻略をすることになった。
「重量ペナルティを避けるためとは言え、この格好は何とかならんかったのか……」
「ふん、いいから黙って歩きなさい。私だってアンタの隣なんて歩きたくないんだけど」
ジェシカの意見はもっともだろう。俺だってこんな頭おかしい恰好をした奴と一緒に歩くなんて御免こうむるね。
しかも俺は消耗品を持つと重量オーバーするので、ジェシカにも荷物を持ってもらっている。
ジェシカが自分で言い出した事とはいえ、まさか本当に荷物持ちまでしてくれるとは思わなかった。俺が逆の立場なら絶対に……ジェシカの下着姿を至近距離で拝むね。絶対に。
そんな状態で、ちょうど他のパーティーとすれ違った。
「何だあいつ、また装備消失バグでも起こったのか?」
「おう、装備が無いなら俺が譲ってやろうか?」
他のパーティーの連中が好き勝手なことを言ってくる。
「うるせえ、俺は好きでこんな格好してるんだ、放っておいてくれ」
「アンタ、それじゃあ好き好んで頭のおかしい恰好をしてることになるけど、それでいいの?」
おかしい。間違ったことは何も言ってないのに、どうしてそういう解釈をされてしまうのだろう。
このゲームではバグによって装備や衣服が消失することなど日常茶飯事なので、周囲もこの格好について深く考えない。
ジェシカだけはドン引きしていたが。
ちなみに、このバグが起こるたびに女性プレイヤーの数が少しずつ減少している。むしろこのバグが発生しても気にしないような女性プレイヤーを俺は(ジェシカ以外)知らない。そもそも女性プレイヤーのフレンドなんていないけど。
前回同様モンスターを倒し、トラップを回避し、たまにトラップにかかったり魔法が暴発したり、苦戦しつつもどうにかボスフロア手前まで到達する。
「ジェシカ、ポーション頼む」
「ん。はい」
ジェシカがポーションを取り出し、こちらへ投げてよこす。
それを空中でキャッチし、一気にあおる。
いつも通り、安全地帯でボス戦前の準備を済ませる。特にHPMPは全快させる。
「俺が言うのもなんだけど、本当に実行するとはな……」
「アンタが言ったんでしょ。どうしても攻略したいって。そして私はそれに協力したいと思った。何か問題でもある?」
問題は無い。問題は無いのだが。
「いや、あんな突拍子もない作戦に乗るとは思わなくてな。かと言って他に頼れるような相手もいないし、正直ジェシカがいて助かると思ったよ」
「アンタはまた、そう言う事をあっさりと……」
ジェシカが機嫌を損ねてしまったのか、俺に背中を向ける。
「そんな事より、もうボスは目の前でしょ? アンタが自分の立てたトンデモナイ作戦で泣きべそかく姿を早く見せてくれないかしら?」
「失敗することが前提かよ……。まあ、俺だって上手くいくなんて思っちゃいないが」
勝機があるとはいえ、分の悪い賭けである事に変わりはない。いやむしろ不安要素しかないと言ってもいい。
それでも、わずかな可能性があるなら、試さずにはいられない。それが、ゲーマーという生き物だから。
――意味不明なバグによって殺され、理不尽なトラップによって殺され、なぜか味方にまで殺されても。
こんな意味不明で理不尽でクソみたいなゲームでも。それでも楽しいと思えるから今までプレイし続けていた。
その思いは俺以外のプレイヤーたちだってみんな同じはず。散々クソゲーだのバグゲーだの言っていても、楽しいと思っているからこそプレイを続けているのだ。
だからこそ――。
「この第1層、何としても攻略してやる!」
誰も見た事の無い景色がこの先にあるとわかっているなら、誰よりも先にそこに到達したい――。
そうして俺たちは、再び、ボスフロアへの扉を開けた。
特に代わり映えもせず、前回同様戦闘が進んでいく。
たまにボスの攻撃を食らったり、ジェシカの魔法に巻き込まれたりしながらも、ボスのHP半分までは問題なく削った。
ここまでは順調と言っていいだろう。そしてここからが本当のボス戦となる。
ブレス攻撃自体回避は不可能だし、食らえば即死。
ペンダントの効果で1度は蘇生出来るが、俺1人では火力不足だし、回復アイテムの残数も心もとない。おそらくジリ貧になるだけだろう。何より、HP半減後のボスの行動パターンが変化してしまえば、敵の攻撃を受けきれるか分からない。
だからこそ――。存在するかどうかも分からない勝機を、掴めるとしたなら。それはこの瞬間にほかならないと、そう思った。
「ブレス攻撃、来るぞ! 念のため、ジェシカは俺の後ろに隠れろ!」
「分かったわ、任せて!」
ボスがブレス攻撃のためにホバリングの体勢をとる。それに合わせて、ジェシカがファイアウォールの魔法を詠唱する。
気休めにすらならないだろうが、念のためジェシカは盾を構えた俺の後ろに下がらせる。
ボスがブレスを吐いた瞬間、合わせるようにジェシカのファイアウォールが複数枚発動した。
「ファイアウォール!」
「これで……どうだっ!」
迫りくるブレス、発生する炎の壁。
ブレス攻撃中は魔法すら効かないので、ボスのHPは1ドットたりとも減少しない。
これほどまでの異常な強さを目の当たりにして、このボスは本当にバグってるんじゃないかとか、このゲームならそれもあり得そうだとか考えながら、俺は迫りくるブレスを見つめていた。
そしてブレスがこちらに到達した瞬間、2人は揃って死亡した。
2人分の死亡エフェクトがきらめく中、俺の周囲に死亡エフェクトとは異なる、光輝くエフェクトが発生し、HPが再び全快になる。
もしかすると蘇生した瞬間にまたブレスで焼き殺されるんじゃないかと心配したが、そんな事は無かった。どうやら死亡した攻撃には再度当たることは無いらしい。……そうでなければ蘇生する意味が無いが。
ここからが本当の勝負だ。作戦のために、まずは彼我の距離をつめなければ始まらない。
そのまま俺はエフェクトを発生させながらボスに向かって全力疾走する。
全力疾走しているはずなのに随分と身体が重い。まるで自分の時間の流れが遅くなっているようだ。
――否。実際、時間の流れが遅くなっていた。自分のみならず、このフロア全体の、であるが。当然、その中にはボスの存在も含まれている。
フロア内で、ドラゴンブレスとファイアウォール、そして蘇生のペンダントの3つのエフェクトが重なり合い、重度のラグ(処理落ち)が発生していた。
比喩でもなんでもなく、時間の流れが遅い。まるで思考だけが加速して、身体の動きが追い付いていないみたいだ。
自分の挙動1つ1つがもどかしい。急いで決着をつけなければならないのに、身体は言うことを聞かない。
それでも構わず、ただがむしゃらに、ボスとの距離を詰めていく。
ボスがブレス攻撃を放ち終わり、地面に降り立つ。
「今だ! シールドチャージッ!」
未だ言うことを聞かない身体を必死に動かしながら、全力でボスへと突進する。
ちょうどブレスの無敵時間が切れたか、しっかりとした手ごたえを感じた。
ボスに衝突し、攻撃命中のエフェクトが散るが、そのまま強引にボスを押し込んでいく。
この重量の敵に突進技は効果が薄いが、それでもお構いなしに突進を続ける。
すると、徐々に俺の身体がボスへとめり込んでいく。そのまま、俺はフロアの壁まで突進を続けた。
見た目上は、俺の身体が完全にボスの身体へとめり込んでいる事だろう。
しかし、ボスの当たり判定は俺の突進によって壁の中へと押し込まれた。処理堕ちによる位置ズレを、意図的に発生させて。
そして、位置ズレによって『いしのなかにいる』状態になったボスは……。
「グギャァァァァオォォォォ!」
断末魔の叫びを上げて、即死した。
思わず「やったか!?」と叫びだしたい衝動を必死に抑えて、あたりを見回す。こういう状況でこの言葉を叫んだが最後、絶対に生きて帰れないと決まっているからだ。
ボスを倒したという安堵感からか、思わずその場に座り込んでしまう。
決着の時間は1瞬だったが、ラグの影響か精神的な疲労感の影響か、何十倍もの時間戦闘していたかのようだった。
そうして放心していたのも束の間、ダンジョン攻略の証として、フロア中央に宝箱が出現した。
どうやら正式に第1層ボスの攻略が完了したようだった。
「おっと、ジェシカも呼んでやらないとな……」
出現した宝箱を確認するついでに、ジェシカにメッセージにて勝利宣言を送ってやる。
このことは、真っ先にジェシカへと伝えたい。
「アイツ、一体どんな顔するかな……?」
凄いと褒めてくれる……ことは無いだろう。あの無茶苦茶な計画を本当に実現したのかと呆れるだろうか。それとも、少し照れながらも、本当に攻略できたことを一緒に喜んでくれるだろうか……。
そうして待つこと10分ほど。思ったよりもかなり早くジェシカが姿を現した。
そしてジェシカと一緒に、一斉にフロア内に他のプレイヤー達もなだれ込んで来る。
おそらく、道中のモンスターを人数による物量で押し切ってここまで来たのだろう。これだけ早く到着したのも納得だ。
あのボスは絶対に倒せないバグキャラ(仕様)だと思ったとか、まさかお前がとか、どうやってあんなバグキャラ倒したのかとか、それぞれが同時に思い思いの事を叫ぶせいで、一体何を言っているのかさっぱり分からない。
だが、揃いも揃ってわざわざ祝福しに来たという事だけは、こいつらの顔を見てるだけでよく分かった。
「ふ、ふん。まあアンタにしてはよくやったんじゃない? 本当にこんな作戦で勝てるとは思わなかったけど」
ジェシカも恥ずかしそうにしているが、おそらく喜んでいるのだろう。
「あくまでこのゲームの『仕様』を利用したに過ぎないけどね」
「普通のゲームでこんな事やったら、間違いなく即アカBANモノだものね……」
「あいにく、これは『普通の』ゲームなんかじゃ無いからな」
普通のゲームであれば『バグの不正利用』となるだろうが、生憎今回は運営のお墨付きまでもらった『仕様』を利用したに過ぎない。……仕様ならしかたないよね!
「そんな事より、行くぞ」
「え、あ、そうね! 折角『私達が』攻略したんだものね!」
そうしてジェシカの手を取り、2人そろって隠し通路の奥へと進んでいった……。
「ポータルなんて初めて見るね」
「そうね、フロア攻略だってこれが初めてだものね」
隠し通路を抜けた先、少し開けた空間内には、高さ4メートル、幅10メートル程度の門が鎮座していた。
ただ1つ、普通の門と違うのは、門の内側、本来なら向こう側の景色が見えるべき部分が、紫色のモヤモヤによって遮られていることだ。
このモヤモヤが恐らく転移のためのポータルで、これに飛び込めば、第2層へと転移できるはずだ。
その時はじめて、今までずっと手を繋ぎっぱなしだったことに気が付いた。
「あっ……ご、ごめん! わざとじゃないんだ!」
俺は慌てて繋いでいた手を離し、ジェシカが杖を振りかぶった姿を見て、とっさに身構える。
ああ、これは絶対殴られる――と思った時。
「はあ……。ほら」
ジェシカは振りかぶった杖をそのまま下ろし、代わりに左手をこちらに差し出してきた。
1瞬どうすればいいのか分からず呆けていたが、その意図に気付き。
「あ、ああ。ごめん」
「なんで謝んのよ……。それじゃ、私がいっつも殴ってばっかみたいじゃない」
実際いつも殴られてるけど、とは言えず、差し出された左手を握り返す。
「ま、アンタがいないんじゃ面白くないし。……一緒に行くんでしょ?」
こちらとしては一緒に居ても殴られたり燃やされたりしてばかりなので別に面白くは無いのだが……。
手を取り合った2人は揃ってポータルの前へと進み出る。
「行くぞ……」
「うん」
2人の間に、それ以上のやり取りなど必要なかった。
揃って紫色のモヤモヤの中へと入り込む。
1瞬、わずかな浮遊感を感じ、周囲の風景がぐにゃりと歪む。
そして――
『第2層以降は未実装です。これからのアップデートにご期待ください』
というメッセージが表示され、元のポータルの前へと戻ってきた。
「……?」
「……?」
2人、沈黙。
一体何が起こったのか分からないが、とにかく、俺たちはポータルに入った姿のまま、同じポータルから出現していた。
「2層以降は未実装……? アップデートに期待……?」
ようやく理解が追いついてきた。
ここにきてようやく、明らかに攻略させるつもりが無い難易度のダンジョンや、ゲームとして成立していないレベルのバグの理由もすべて含めて理解が及んだ。
『ゲームとして完成していない』
この一言に尽きる。
周囲のプレイヤーも、一体何が起こったんだ、第2層には何があったんだ、などと騒ぎ立てている。
全100層のダンジョン? 自由度の高いプレイング?
そんなものはありゃしない。
あるのは膨大なバグと、がらんどうのダンジョンばかりだ。
そうして結局、俺はこう叫ぶのだった。
「やっぱりこんなの、クソゲーじゃねえか!」
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