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 瑞希は前の学校でクラスメイトとトラブルを起こしたことはなかったし、先生に叱られたことも一度もなかった。そしてそれは、今の学校でも卒業するまでずっとそうだと思う。  下駄箱で、教室で、廊下で、トイレの鏡の前で。クラスメイトと毎日他愛のない話をしながらも、瑞希は絶対に彼女たちに心の内を見せなかった。担任の先生や、学校に派遣された心理カウンセラーと一対一で心の対話とやらをしながら、初めから最後までずっと、どうやって大丈夫なように見せるか、そのことばかりを必死で考えていた。  あの事件があって、長い眠りから目覚めたとき。瑞希の見た世界は、色のない、モノクロの世界だった。それは比喩でもなんでもなくて、瑞希の瞳は本当に黒と白だけしか映さなかった。  ゆったりとした波が繰り返し繰り返し押し寄せては引き、吐きたいのになぜか唾液しか出てこなくて、泣きたいのに涙も瑞希の意識の外側に行ってしまって、自分が自分じゃなくなってしまったようで、ものすごく怖くて、ものすごく気持ちが悪かった。  まるで、毎日、暗闇のなかで一人永遠にメリーゴーランドに乗っているような、強制的に乗らされているような、そんな感覚だった。  乗らなければいいんだ。メリーゴーランドから逃げられなくても、意識だけは、イメージだけは、手すりの外から眺めている自分を強く思い描けばいいんだ。  そのことに気付いてからは、ほんの少しだけ、呼吸が楽になった気がした。
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