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1、雲行き
死んだっていいんだ俺は。そうじゃないのか。誰だって。
こんな商売やっててさ、死にたくねえなんて、通らねえだろ。無茶苦茶だろ。ハハハ。暴力。この暴力に、俺は殉じる。
ああそうだ俺は殉教者だ。暴力って神様は平等なんだよ。
なあそうだろ兄さん。黙っちまって、無視かい。おいおいダメだぜ。そんなガキ臭いことしちゃあさ。聞いてんのかい。死のうぜ俺と。俺達は兄弟じゃないか。兄さんも俺も、暴力の血が流れてる。だろ。ほら起きろよ。一緒に神様のところまで行こうぜ。
狂ってる、と吐き捨てようとしたけれど、喉はひゅーひゅー鳴るばかりで悪態の一つも吐けやしない。霞んだ視界を青い靴底が埋め尽くす。ジルコニックだ。通電性が段違いの新素材は、ほんのひと欠片でも人間よりずっと高値で売買される。それを、一面に。悪趣味極まった凶器に、いっそ笑いたくなる。
死んだっていいんだよ、俺も兄さんも。だろ。
よく回る口が不機嫌そうに銃口をくわえる。発砲と同時に思いきり踏み出された靴底はジルコニックを加工したスパイクがびっしり並んでいた。青い火花が勢いよく弾ける。
「なんだよ、また外れやがった」
素人が台本を読み上げたような一本調子で、死にたがりはつぶやく。
でももう聞いている人間はどこにもいない。軟体動物みたいに崩れた「兄弟」を見下ろして、右側だけ顔を歪める。
「くそったれ。先越されちまった。ああ、暴力ってのは、本当につれねえよなあ。いつもこうなんだ。いつもいつもさ……」
そのまましばらく突っ立って雨を待つ。曇天はアスファルトのように重たく寡黙で、死にたがりが銃口を向けても身じろぎひとつしない。雨乞いの代わりの一発は、今度こそ実弾を伴っていた。雨は来たが街は動じない。
アコールソーン。
暴力の聖地。
負け続けのルーレットをじゃらじゃら回して、死にたがりは歩きだす。ずぶ濡れの身体を心配するお人好しは、ここにはいないのだ。死にたがり自身を含めて一人も。
右手には銃、痺れた左足には贅沢すぎる凶器仕込みのブーツ。浮浪者よりはまだましなずたぼろのコートは、誰かの血と苦しみと罵倒と雨を含んでじっとり濡れている。
「やれやれ」
ぐるりと首を回して肩を叩く。
「どうも釣れないよな。小物ばっかりだ。せめてもう少し、あるだろうに。人手不足かね?」
自分の暴力は棚にあげてぼやき、のそのそ路地の暗がりに消えていく背中を、水たまりに沈んだ死体たちだけが見送った。雨が降る。
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