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5、境界線
軽薄な笑い声が迎賓館のフロアに響く。
「そりゃネ。お客様ですカらー? ご要望にはお答えしなきゃ、ね?」
「ああ。信用してるさ。君達の仕事はいつだって完璧だ」
「褒めたって安くなんねーよ! オレは聞くだけ! お仕事にゃ頭使わねーって決めてンの。値引き交渉はミザルを通せよー。つうかいつまで見世物してりゃいいワケ?」
目の前にいた羊が突然化け物であることに気がついた狼みたいに、殺気立っていた同僚たちが息を呑む。
「いい根性してんな、アンタ。オレを使って部下の選別か? ハ、えらそーに。あんま軽々しくやってるとお」
伸縮性と隠密性を駆使した滑らかな動きは、ひとつの到達点と言っていい。ネコ科の肉食獣の映像をコマ落としで再生したら、きっとこんな風に見えるだろう。
オスローの眉間に手遊びで形つくられた銃がぴたりと突きつけられる。
エイプリルは誰よりも早くその暴挙を認識して動き出したが、入り込む隙は一切なかった。「玩具」を出したところで、キカザルの目の位置に嵌め込まれたレンズがきゅるりと回った。そこに映るエイプリルは、形だけの微笑を浮かべている。
もっと笑わなくては、とエイプリルは思う。
笑え。
これも、私の武器だ。
「へえ」
キカザルがわらう。
「頑張るねー?」
まったく、三大派閥が聞いてあきれる。どいつもこいつも情けない。さっさと立ち直れ屑が。いつまで呆けてるつもりなんだ。この狂気相手に一人で立ち回れと? 冗談きつい。
オスローがふとため息をついた。
緊張から解き放たれたのだ。
そう、あなたはいいでしょうよ敬愛する我が上司殿。
代わりにこっちが、殺されかけてる。
またコマ落としのように移動した青年は、長身をわざとらしく曲げ、斜め下からエイプリルを観察する。
「お名前は? おじょーちゃん」
隙だらけに見えるその顎に一発決めて余裕をぶっ潰してやれたら……でもそもそも、こいつは敵ではないわけだ。そのための大歓迎を、私情で台無しにするのはよくない。
「無視カヨ。傷つくわー」
ふざけやがって。答えが欲しけりゃ殺気をしまえ。傷つく? 被虐趣味でも気取ってんのかよくそったれ。楽しそうにべらべらと。
「ココで黙ってるだけじゃあさー」
手品師が仕掛けはないことを強調するように手を開き、小指から順に折っていく。飾り物だらけのキカザルの指は、意外に女性的でほっそりとして、黒く染めた爪が美しかった。残った人差し指が鼻先に当たる。
「死体になるヨ? エイプリル」
恋人なんていたことはないが、きっとそれはこんな風に甘い会話をするのだろう。エイプリルは笑い返す。できる限り甘ったるく。
「永遠に黙らせるぞ。糞猿が」
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