6、ユーモア

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6、ユーモア

 苛立ちを消化しきれないまま、エイプリルは裏切り者の処分に向かった。  葬儀屋との商談の席で、護衛させてもらえないのは正直悔しい。でもこれは何日も前からあらかじめ決まっていた段取りで実行された狩りだった。一方葬儀屋が来ると決まったのは、本当に直前のことだったらしいから、オスローは何も悪くない。フェイクの薄っぺらい情報が、真実だとするならば、だが。  ともかく任務に不確定要素はなく、エイプリルとフェイクを含めた五人は、単に逃がさないように気をつけて鼠を追いつめ始末すればいい。簡単な話だ。  だが、だからこそ……認めよう。  エイプリルは、苛立っていた。  アラームを止める瞬間と同じくらい冷静さを欠いていた。目の前の鼠に八つ当たりしていた。  必要以上に怯えさせてしまった。鼠を、ではない。同僚を、だ。  とは言え、裏切り者は許さない、という自分の価値観が何故これほど彼らを怯えさせるのかエイプリルはいまいちよくわからなかった。  学がないからか?  エイプリルは孤児で、善意の教育者などというものには縁がなかった。必死に生きて、拾われた。だが学んだのは糞の役にも立たない道徳や倫理ではない。  暴力だ。死なないための力。それだけ磨いてここまで来た。  二つ名を持ち、幹部に顔を覚えられ……三猿という理不尽の権化に喧嘩を売る度胸を、得た。その間に掟ってやつも叩き込まれた。  ファミリーの結束は絶対だと、オスローは言う。同僚達だってそいつを守ることの意味をわかっているはずではないか。なのに、今、裏切り者に凶器を振り下ろそうとするエイプリルは怯えられていた。他ならぬファミリーに。意味がわからない。 「何ですか、フェイク。冷静なあなたらしくもない。心拍数が上がってる」 「……そりゃあ、まあ。お前の容赦のなさは、今に始まったことじゃねえけどよ」  フェイクは色男ぶった皮肉な、似合わない芝居がかった仕草で肩をすくめた。 「歯切れの悪い男はモテませんよ」 「うるせえ。……この状況で軽口叩ける女を口説く気にゃなれねえっての」  エイプリルは思わず笑ってしまった。女好きで娼婦を食い漁るのが趣味の万年金欠野郎だと評価していたが、意外にロマンチストな部分があるものだ。この場にいる四人の同僚の中では、一番よく仕事を共にするのがフェイクで、他の面子は正直顔も覚えていない。が、ノリの悪い奴らだということは今覚えた。今後も忘れないだろう。エイプリルは自分の笑顔の希少性を自覚している。その自分が笑うのに、合わせようという気がないなんて馬鹿にされているのだろうか。屑のくせに。私と同じ、屑のくせに。笑えよ糞が。 「……こっええ女。この場面で笑えるかよ。普通。さっきも随分だったけど」  口に出してもいないのに、その辺を読まれるのはフェイクの察しが良いのか、エイプリルが分かりやすいのか。 「逃げ出せそうにない、というかそもそも逃げようって度胸もない鼠一匹相手に、余裕見せたからと言って責められる覚えはないんですが」 「論点そこじゃねえし」  フェイクは呟き、エイプリルから視線をそらした。本当に意味がわからない。何故エイプリルが悪者扱いなのだ。……まあいい。この男にどう評価されようが知ったことではない。気を取り直して愛用の「玩具」を取り出すと、裏切り者の顔がますます引きつる。これほど震える足ではもう立ち上がることすら叶わないだろう。それでも必死にずりずりと尻で後ずさる聖職者もどきを、エイプリルの固い足音がこつん、こつんと追いかける。  その時だった。 「こ、ころさないで!!」  祈るために設けられた長椅子の隙間から、悲痛な叫び声と共に小さな影が転がり出てくる。 「シスターをころさないで! おねがい!」  マリア、と裏切り者の唇が動いた。声にはならず、かすかな吐息だけが無謀な少女にすがる。情けない女だ。こんなチビの影に隠れるなんて、アコールソーンの名は、ヘイジェンターの誇りはとっくに忘却の彼方らしい。  フェイクがますます顔を険しくした。エイプリルとしては、いつものだらしない表情より何倍も好感が持てる。  取りあえず笑顔を保ったまま引き金を引いた。
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