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ツツジちゃんはこんなどうでもいい嘘を吐くタイプじゃないと思うけど、いまいち信じられない。
「ツツジちゃん、これお会計」
俺はおにぎり代110円をツツジちゃんに渡す。あまり店の出入口で長話するのは営業妨害だろう。
会計を済ませたあと、俺はしゃがんで兄弟と目線を合わせる。
「君たち、ちょっと時間ある? 俺、他に大食いチャレンジしてる店知ってるんだけど」
俺はスマホでビデオを撮っている。今、スマホの画面にはタオルで目隠しをされた弟と、彼の口にスプーンでカレーを運ぶ兄の手が映っている。
このカレー店に着くまでだいぶ時間がかかってしまった。何故ならこの兄弟、近隣店の大食いチャレンジを殆ど制覇していたからだ。
俺は何とか市内の店を検索しまくり、行き着いたのはこのカレー屋だった。
まあ、でも、長い道のりの中で色々と話が聞けたから良しとする。
この二人は兄が多辺田ヨネで、弟は多辺田イナという名前だ。年の差は一歳。イナが大食漢で食費がかさみ、片っ端から大食いチャレンジをしていたそうだ。
それを聞いて、俺はある提案を持ち掛けた。ちょっとした小遣い稼ぎで大食い動画を作ってみないか、と。
これはうどん屋で話を聞いたときにふと思い付いたことだ。昨日のテレビ番組で広告収入のために大食い動画を撮ろうとして失敗した女性が出ていた。それを思い出して、ちょっとこの兄弟で大食い動画を撮れないかと思った。兄弟の話は信じられなかったけれど、まあどっちに転んでも動画としては面白くなるような気がしたから。
俺は前に一回だけ動画の広告収入は儲かると聞いて、動画を上げようとしたことがある。機材はちょうど友人の伝があり連続一発ギャグ物真似を撮ってみたけれど、あまりのつまらなさに動画は完成しなかった。
俺はイナの食べっぷりに口角をあげる。運ばれたときはエアーズロックのようだった白米は日本のそこら辺の山みたいな大きさになり、五皿運ばれていた追加のカレールーは既に三皿も空になっている。約十分でここまできた。制限時間は三十分だから余裕で間に合うだろう。
イナが食べるペースもヨネがスプーンを運ぶスピードも衰えない。
正直に言うと、その姿に食欲を刺激されたりはしないけれど、巷で流行っているのならある程度イケるだろう。まあ、大した額にはならないだろうけど。
この非効率な食べさせ方はイナが顔出しNGと言ったせいだ。学校でからかわれたくないと切実だった。その気持ちはわからないこともないから、俺は安物のタオルをドラッグストアで買って目隠しをした。
十五分ちょっとが経過したとき、イナが全て食べ終わった。三人で軽くハイタッチをしたあと、俺はスマホでの撮影を止めた。
「それじゃ、テキトーにチャンネル作って投稿しとくから。お金は――来月の最初の日曜日にあのうどん屋で会おう」
ヨネは文句一つなく「わかった」と返事をした。イナは目隠しのタオルを下げて水を飲んでいる。
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