美味しい方へ

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美味しい方へ

 なんと動画は俺の予想に反してバズった。撮っていた動画を二分割にして投稿して30万再生と20万再生。合計50万再生されて、俺の口座には5万円振り込まれていた。動画の評価は『ヤバイ』とか『エロい』とか意味不明で何が受けたのかわからないけど、なんとなく兄弟にこのことは話さない方がいい気がした。  うどん屋で俺は妙に緊張している。今日はお金を渡すと言った日だ。一応、5万円は卸してきている。  最初のうちは大した額じゃないだろうと通帳を見るまでは兄弟に振り込まれた額を全て渡すつもりでいた。  でも、思った以上の金額が出てきて俺はかなり動揺している。頭の中で勝手に5万円で出来るリストが作られていく。何処からか馬が駆ける音が聞こえてくる。  必死に頭の中でリストを消そうとしていたら、兄弟がやってきた。 「いいか? 広告収入っていうのは1再生0.005円くらいなんだ。それが動画サイトから振り込まれた額全部だから」  俺は兄弟にこんなことを口走って、2500円を渡していた。あっさりと欲望に負けてしまった。 「えっ! こんなにいいの!?」 「バイキングいこう! バイキングー!」  何も知らない兄弟は無邪気にはしゃぐ。  案外、悪いことは簡単に出来ることだと痛感した。  こうして俺と兄弟は大食い動画を撮り続けることになったのだが、動画を投稿する度に俺の体調に異変が起き始めた。  食欲が恐ろしく湧かない。朝昼晩、白米を見ても美味しそうとは思わなくなった。  俺の様子がおかしいことにツツジちゃんや大神はすぐに気付いた。ツツジちゃんはサービスとして高菜おにぎりをくれたし、大神は「何かあったのか」と珍しく気遣ってくれた。  その気遣いは有り難かったし、なんとかご飯を身体の中に入れる口実が出来たと思う。ただ、どうしても食欲が戻ることはなかった。  それで、食欲がない日々がどんどん過ぎていき、とうとう付き合いが浅い兄弟にも様子がおかしいことを勘付かれてしまった。  最初の内は少食だからと誤魔化していたけれど、とうとう誤魔化しきれなくなってヨネから「お兄ちゃん、僕たちもっと稼ぐよ!」と真っ直ぐな瞳で言われてしまった。  ヨネは動画撮影のためのカメラとか色々と機材を買ったから家計簿が大変なことになったって考えていた。――ヨネ、俺は今のところ君たちが稼いだお金のおかげで財布にダメージを受けていないんだ。  ヨネはちゃんと小数点の掛け算が出来るみたいで、じわじわと渡す金額を上げてもすぐに気付いて自ら減額を要求してくる。黙って懐に入れて欲しかった。  イナはさりげなく俺にチョコパイを二個くれた。そのうえ、俺が全額と言って極端に少なくしたお金から何か俺の好きな食べ物を買ってやると言ってきた。  二人とも俺のことを純真に心配してくれて胸が痛かった。  最初からギャラのことをちゃんと話し合っていればよかった。俺ってこんなに小心者だったのか……。
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