幼馴染みの顔がいい話①

1/1
179人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

幼馴染みの顔がいい話①

千尋が玄関から出ると、幼馴染みの悠真がすでに門の前で待っていた。 「おはよう」 「今日も顔がいいね!」 朝一番にこんな造形の素晴らしい顔が拝めるなんて、幼馴染みとは最高なポジションだなとつくづく思う。 「ありがとう」 このやり取りも毎朝のことで慣れたものだと、にっこりと笑顔で答える悠真。 「僕が女の子だったら絶対付き合いたいね!」 いかに悠真の顔が素晴らしいか説明していると前方不注意で電信柱にぶつかりそうになった。 「分かったから。ちゃんと前を見て歩けよ」 悠真が肩を引いて衝突を防いでくれる。 「ありがとう」 お礼を言いつつ、また注意されないように悠真の顔をこっそりと盗み見た。 千尋は今日も教室の後ろから悠真の席を眺めている。 「顔がいい!」 千尋は幼馴染みである悠真の顔を見つめてうっとりとした。 「毎日毎日飽きないねえ」 友達の愁が声を掛けてきた。 「そろそろ千尋も誰かと付き合いたいとか思わないの?」 「あんなに美しい顔が近くにあったら、理想も高くなっちゃうよね」 「でもあいつさ、女の子とっかえひっかえって聞くし……」 性格は良くないんじゃないのと言いたいらしい。 確かに女の子にもててもてて仕方がないようだが、誰かと同時に付き合うなんてことはしないし誠実な対応をしていると思う。それに、あんなに美しい顔ならば当然のことだろう。 「悠真は優しいよ」 格好いいし、顔は良いし、優しい。天は二物以上を与えたらしい。 愁が千尋と悠真についてのトークで盛り上がっていると絶対零度の瞳でこちらを見ている悠真と目があった。千尋はその視線に気づいていない。 優しいやつはあんな冷たい顔で人を見たりしないだろう。 「教室で話してたの、誰?」 悠真が女の子からの誘いを断って千尋と帰っている学校からの帰り道、そんなことを聞いてきた。 「愁だよ!前も一緒に話したじゃん」 悠真は他人にあまり興味がないようで名前をきちんと覚えていないことが多い。千尋の友達の愁のことも何度も紹介したが未だに覚えていないらしい。 「千尋さ、俺の顔好き?」 「好き!大好き!」 「なら、付き合おうか?」 「うん!うん?」 勢いで頷いてしまったが、悠真は今なんと言っただろうか。付き合うとはあの付き合うだろうか。 「付き合っても問題ないよな?」 その美しい顔でだめ押しのように迫られてはいと答えるしかなかった。 「それで、付き合うことになったってこと?」 昨日の事の顛末を愁に話した。それを聞いて愁はあの恐ろしく冷えた視線の意味も、千尋への執着も納得できた気がした。 「うん、多分」 「千尋は悠真と同じ好きなわけ?」 重要なのはそこである。常日頃から悠真の顔が大好きと公言して止まない千尋ではあるが、そこから恋情的なものを聞いたことがない。 「うーん……分からないんだけど、あんなに綺麗な顔で迫られたら、はいしか言えなくて……それに役得かなって」 甘い、甘いぞ千尋。あいつの執着はそんなものじゃない。と思いつつ、こちらを見ている凍えるような瞳になにも言えなかった。 「千尋、誰と話してるの?」 近づいてきた悠真が千尋の肩に腕を回した。 「悠真! 愁だよ! って昨日も紹介したじゃん」 絶対こいつはわざとだと確信している。千尋のこと以外どうでもいいのだ。 「千尋、彼氏を放っておいて他の男といちゃつくなんて酷いじゃん」 「な、何言ってるの!」 「事実でしょ。付き合ってるんだから」 「やっぱりそっちの意味の付き合ってるだったんだ」 まだもしかして、買い物付き合ってとかの付き合うかと思っている部分もあったが、勘違いではなかったらしい。悠真はどこか肩を落としてがっかりしたような。 いつも自信満々な悠真が千尋に振り回され気味なのが面白くて、愁が押し殺すように笑っていると悠真に睨まれた。おお怖い。 「一緒に帰ろ」 「え、いつもの女の子はいいの?」 昨日は話すことがあったからたまたま一緒に帰っただけで、いつもは早い者勝ちでローテーションのようにいろんな女の子と帰っている。 「あのさ、付き合ってるのは誰?」 千尋の頬をぎゅっと掴んで悠真の方を向かせた。 「僕です……」 「そ、帰るよ」 「じゃあ、愁も……」 「あー、ごめん。俺も彼女と帰るからさー」 断るよな、と悠真からの無言の圧力を感じさっさと断り、荷物を持って退散する。千尋、ごめんと心の中で謝りながら、愁は自分の身が可愛い。 「それでね、」 今日の出来事を話ながら帰り道を歩いていると、すっと腕を引かれ悠真の胸に飛び込んだ。前から自転車が来るのを避けてくれたらしい。 「お前さ、俺の顔が好きなのは分かったからちゃんと前見て歩きな」 「ごめん……」 つい夢中になって悠真の顔を見ながら歩いてしまったらしい。それがばれていて恥ずかしさで顔がかっと熱くなる。 家の前に着くと、悠真が顔を近づけてきた。 「ここ、家の前なんだけど!」 「さよならのちゅーさせてよ」 大好きな顔でお願いをされるとどうも断れない。目をつむって待っていると、そっと口づけをされ、人差し指で首筋から顎をすりすりと撫でられる。 「気持ちいい……」 うっかり声に出ていたらしい。 「千尋、俺がキス初めてだよね?」 「付き合うのもキスも悠真が初めてだよ」 嫌味か、幼馴染みだから知ってるだろうというように口を尖らせる。それを聞いた悠真は心底満足したような顔をした。 「顔が好き、じゃなくて顔も好きにしてみせるから」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!