ひどく窮屈な感謝

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ひどく窮屈な感謝

 しばらく閻魔と名乗る男は少女が語りだすのを待っていたが、いつまでたっても少女が口を開くことはなかった。だからであろうか、男から笑みがどんどんと消えていく。  「はー、興覚めだ。つまらん。仮にも神への供物として捧げられた人柱のくせに何もしゃべろうとしない。一思いに丸のみにしてやろう」  少女のもとへと男がゆっくりと歩み寄ってゆく。少女を見る目は澄んで冷えた空気よりも、温度が感じられないものだった。そして、男の手が少女の肌に触れるか触れないかというところになって初めて少女が口を開いた。 「感謝してください」 「は?」 男は拍子抜けし、変な声を出した。しかし、少女はそのまま続ける。 「私には村人の願いが込められています。その思いを一思いに食べてしまうような狼藉は看過できません」  ひどくまじめな顔をして少女は淡々と言葉を発した。すると男は満面の笑みを浮かべて、饒舌に口を開くのだった。 「おお、おお。やっと話したか。しかし、なぜボクが君に対して感謝をしないといけないんだい?ボクはお願いをされる立場だ、僕が感謝こそされどもする道理はない」  少女が困るようなことをつらつらと並べて、少女に対して質問を重ねる。男はひどく楽しそうで座って胡坐をかき、扇子をパタパタとしていた。どうやらこの男には寒さなどは一切感じないらしい。  一方少女は男から視線を逸らすことなく、小さな体をさらに丸めて寒さに耐え忍ぶ。耐え忍びながら言葉を奏でる。 「閻魔様、あなたは何一つ不自由がないはずです。だから何もかもがつまらなくてうんざりしているでしょう。そんなあなたに感謝し、丁寧に食べるという窮屈を差し上げます」 「あっはははははは」  さっきまでの笑みを張り付けたような軽薄な顔ではなくなり、顔を崩れるほど高らかに笑っている。男の笑い声が洞窟内から反響して返ってきて、四方八方から笑い声がきこえてくる。 「お前の願い受け入れてやろう。お前に敬意を払い、手を合わせ、頭を垂れてから肉は丁寧に骨から外して食べ、骨は煮込んでだしを取ってから残さず食べよう」  男は胡坐のままだが背筋を伸ばし、扇子はしまって手を合わせた。 「いただきます」  少女は静かに目を閉じた。
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