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「……傘がない……」
***
校門を出たところで後ろをふりかえると、クラスメイトの男の子がカバンを頭の上に掲げながら飛び出してくるのが見えた。
「酒井くん」
「おう」
呼びかけると、彼は律儀にも止まってくれて、
「あれ山崎、部活は?」
「今日は休み」
「そっか」
軽く足踏みをしながら日常会話。
そんな彼の頭上に、そっと傘を差し出す。
「あ、いいって」
「良くないって」
「……じゃ、じゃあ」
遠慮がちに相合傘を受け入れる酒井くん。
「パクられちゃったみたいでな」
「みんな同じような傘だし、ね」
藍色の傘の下で、酒井くんとふたり。
「いや、助かったよ」
「ふふ、良かった」
「女子にしてはでかい傘で」
「……嫌味?」
嫌味じゃないことをわかっていて、私はわざとむくれてみせる。
「え……」
その困り顔がかわいくて、彼の頭上から傘を外す。
「あ、ちょっと」
「私の傘」
「ごめんって。……入れて」
ふふっと笑って、また相合傘。
そして、酒井くんの家の前。
「山崎んちって?」
「もうちょっと先」
「そっか。……傘あるし、平気だよな」
「女子にしてはでかい傘だし、ね」
「だからごめんって」
ほどよく濡れた頭をかく、酒井くん。
「酒井くん」
入ってしまう前に、声をかけた。
「お、どうした」
そのお間抜けな顔に、
「これ、明日返すね」
「……ん?」
持っていた傘の柄の部分を見せた。酒井くんの名前が書いてある。
「……あっ、お前」
やっと気づいた酒井くん。
「今日はありがと。それじゃ」
傘も持たずに飛び出した酒井くん。
私は、彼の呆然と立ち尽くすようすを想像しながら……。
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