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この世界の全ては誰かが作り出したものである。
身の周りの物一つとっても必ず製作者が存在し、道を行く人々の一人をとっても必ず何かしらを生み出しているはずである。何気ない物、居ても居なくても変わらない者、しかしそれらは必ずこの世界に接点があるはずなのだ。
この国において、物と者の流れの動脈にも等しい高速道路。そこで起こる交通渋滞は長いものだと百五十キロメートル以上の記録もある。それは産業活動において足枷にしかならないどころか環境破壊にも繋がることからも、怒りを覚えても喜びが生まれることは早々ない。
今日もどこかで起きている渋滞は多くが自然に発生してしまう……と言われるらしいが、そうではない。少なくともそれを知っている男がここに一人。
この男、浜崎宗次郎は普段はとある市内の家電量販店に勤めているのだが、それは表の顔であって彼の全てではない。
何を隠そう、彼は『全日本渋滞協会』に所属する『渋滞工作員』なのである。人々から忌み嫌われ、主に尿意や便意を催してしまった者にとってはこの世から最も消えて欲しい度合いが瞬間最高値を叩きだしそうな渋滞だが、そこにはメリットと呼べるものも必ずあるのだ。
例えば、交通渋滞が多ければそれを解消する動きが必ず生まれ、道路の拡張や立体化の工事発注がなされる。それにより工事を請け負う企業が潤う。また交通情報システムの利用も増え、情報通信技術の発展も促される。渋滞という現象によって生かされる人々もいれば、初めて生まれる技術も確かに存在するのである。
宗次郎は今日も休日を利用して任務である渋滞の生産にいそしむのだった。この立場は身内にも内密であるため、彼は趣味がドライブだと詐称して極秘任務を遂行するのである。今回の任務は首都高の特定ポイントで五キロの渋滞を生み出すというものだ。これくらいなら丁度良い小遣い稼ぎ感覚である。ブレーキを意味もなく踏んだり速度を絶妙に調整したりして、自らの背後に車両が数珠繋ぎのような列を描くのを確認できれば人為的な渋滞の一丁あがりである。
ある日町でスカウトされて以来、工作員として活動してきて早四年余り。協会の全貌や他の工作員の素性などは知らない。しかし自らの行動が巡りに巡って何かを生み出し、幾多に枝分かれした社会の流れ、その一つの根源に自分がいることに気付くとたまらない興奮を覚えるのだ。背後からどれだけドライバーの殺意を感じ取っても、この高揚感を上回る心臓の高鳴りなどない。
協会からの『ノルマの距離を達成』という通知が助手席に置いたスマートフォンの画面に映し出される。後はこのまま手近な出口から離脱するだけである。
ところで、宗次郎も渋滞を生み出す側であっても、人間であることには変わりはない。長時間の運転の影響で尿意を催したので、たまたま近くに見えたサービスエリアにて休息を取ることにした。しかし運の悪いことに、そこのトイレには男女ともに長蛇の列が出来上がっていたのだ。辺りには他の便所が見当たらないので、宗次郎は仕方なく己の下半身に意識を向けないようにしながら最後尾に並ぶのであった。
そうして十分ほど経ったが一向に列が前進しない。これなら携帯用の簡易トイレを買っておくべきだった、と後悔して、思わず列の前方に向けて叫んだ。
「おい早くしてくれぇ!こっちは我慢の限界なんだよぉ!」
すると目の前に並んでいた男が振り返って宗次郎に囁いた。
「あの……実は僕、『世界トイレ行列連盟』に所属している者なのですが……」
この世界の全ては誰かが作り出したものである。
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