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きっと、また会える
菜央実ちゃんのマンションの玄関口。
到着した私を、菜央実ちゃんは明るい声で出迎えた。
「リノちゃん、いらっしゃい!」
手に持ったチョコレートクッキーを差し出しながら私は言う。
「これ、おみやげ。みんなで食べようよ」
「わ~! ありがとう。他の子達もおみやげ持ってきてくれたの。食べよ、食べよ。みんなもう来てるよ」
菜央実ちゃんの部屋に集まって、5人でわいわい盛りあがる。
ミニカップケーキをおみやげに持ってきた友達が思い出したように言った。
「あっ、アタシ、ケーキの他に、さっき駅前のお店でもおみやげ買ってたんだ。みんなも気に入ってるヤツ~」
友達はバッグの中からおみやげが入っているという袋を取りだす。――これはっ!
「はいっ、クルミのキャラメリゼ!」と言いながら、友達はテーブルに袋を置き、みんなが食べやすいように袋の中央を開いた。
この子は、さっきまでの私と同じ事を考えていたみたい。彼女のほうが私より早くあのお店に着いたから――私が入店したときにはクルミのキャラメリゼ、売り切れてたんだ。
「本当、ここのクルミのキャラメリゼって美味しいよね」と、みんなで口々に言って、小さな茶色の塊をつまむ。
クルミをコーティングしている、つやつやでピカピカな琥珀色は、私に西条さんの瞳の色を思いださせる。
あの人はきれいな茶色の目をしていた。
(……って、なんで瞳の色に似ているからって、西条さんのこと思いだしてるの? あ! このお菓子、西条さんのバイトしてるお店で売られてるものだからかも)
ざわめく胸に戸惑いながら、私はクルミのキャラメリゼを口の中に運び、噛む。
ザクザクした歯ごたえが心地いい。
焦がした砂糖とクルミ。甘みとほろにがさが混ざりあい、口中に広がる。
クルミのキャラメリゼを持ってきた友達が言う。
「あ、こっちも食べてね。クルミのミニカップケーキ、持ってきたの。パンプキンスパイス入りだよ」
カップケーキもクルミ入りと聞き、私たち4人は喜ぶものの――。
南瓜の香料? 耳慣れない単語を質問する私、答える友達。
「パンプキンスパイスって?」
「シナモンやナツメグ、生姜、クローブなどをミックスした、パンプキンパイに使う香料だよ」
今、羅列された香料自体はすきだけど……クルミにナツメグやクローブってあうのかなぁ?
組み合わさった味が予想できず、ちょっと身構えてしまう。
今まで食べたことない物を食べる時、私はいつもこう。「美味しいからどうぞ」と勧められて、ようやく食べる覚悟を決める。
(『覚悟』っておおげさな言い方だとは思うけど、それくらい初めて食べる物には慎重になっちゃう)
カップケーキを口に運ぶ。
もし私には合わない味だったら、せっかく持ってきてくれた友達に悪いな。
小さなケーキではなく、小さな「不安」を食べるようにおずおずと実食する。
……あ。
美味しい!
食べてみるまでは、どんな味のケーキか わからなかったけど――。
ほどよい甘みとスパイシーさ。クルミの香ばしさとも合う。
食べたことない組み合わせだと躊躇したままだったら知ることはできなかった味。
このケーキは、甘くて、ほろにがい。
そして。今さっき西条さんと並んで歩いていた時も、私は、甘く、でもなぜかほろにがい気分になっていたような――。
(また、会いたいな。西条さんに)
唐突にそう思った。
私が男の人にまた会いたいって思うなんて……初めてのはず。
今度この町に来るときも、あの店によってみよう。
だけど、きっと。
あの店に行く前に、きっと私たちは再会できる。
不思議なことに、そんな予感がした。
※連載中のため話は完結していません。
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