あ、この人まえにも会ったことある

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あ、この人まえにも会ったことある

菜央実(なおみ)ちゃんのすきなチョコレートクッキー、買えてよかった!)  隣町に到着した私は、この町の駅前にあるおしゃれな食料雑貨店にいた。  これから遊びにいく友達、菜央実ちゃんに渡すおみやげを買うために、この店にいるんだけど……。  菜央実ちゃんの家に今日やってくる友達は私を含めて全部で4人。  学校で仲のいい女子5人で集まって遊ぼうってことになっている。  菜央実ちゃんの家族が家にいたら、家の人にも渡せるよう、余裕を持ってサイズの大きな箱に入っているタイプを購入。  安くはないけれど、バイト代が入ったばかりの私は、普段よりもサイフのヒモがゆるい。  この店のチョコレートクッキーには、隠し味として刻んだオレンジピールが入ってて――食べていると、口の中にふわっとした酸味が広がり、とっても美味しい。  菜央実ちゃんの1番お気に入りのクッキーだし、私も大すき。  今日遊ぶ、他の3人の友達のあいだでも大好評の品だ。  ……でも、このクッキーは人気商品。食べたいと思っているのは、私達だけじゃない。  売り切れもよくあるから、今日は買えてラッキー。 (菜央実ちゃんの家を訪ねる時間より、だいぶ早くこの町に来られてよかったな。もうちょっと後に来てたら、売り切れてたかもしれない)  おみやげを買う予算にわりと余裕があるのは私には、めずらしいこと。  せっかくだったら、みんなで食べられるお菓子、もう一品買っていこうかな。 (次買うお菓子は、友達みんなが気にいってて、私が大すきな……この季節しか売ってないお菓子を買おうっと)  この店で今の時期しか売られていないお菓子といったら、なんといっても!  ――クルミのキャラメリゼ――  一年中ナッツのキャラメリゼを売っているお店もあるけれど、ここのお店にクルミのキャラメリゼが並ぶのは秋だけ。  私はチョコレートクッキーだけじゃなく、クルミのキャラメリゼも買うことにした。 (売り切れていませんように)  ところが。 (今日はチョコレートクッキーが残っていたから、クルミのキャラメリゼも残っているかもって期待してたんだけど……)  クルミのキャラメリゼが置かれているはずの場所には何もなかった。  空いたスペースをしばらくみつめてから (もしかしたら置いてある場所が変わったのかも)  と一縷(いちる)の望みをかけ、あたりをみまわす。  そばにある紅茶風味のマシュマロもマロングラッセも美味しそうだけど、今の私の目当てはクルミのキャラメリゼ。  目当ての品を探してキョロキョロし続けている、その時。 「何かお探しですか」  背後から声をかけられた。私は反射的に後ろをふりむく。  視界に入ってきたのは、1人の背の高い男の人。  私服の上から、この店の制服の黒いメンズ エプロンをしている。 (あ、……私、この人、知ってる。前に会ったことある)  今、店員のお兄さんとして私の向かいに立っている、この人。彼とは、以前ちょっとだけ話したことがあった。  と言っても、『この店で、店員さんとして』じゃない。  私がこれから行こうとしてる、菜央実ちゃんの家で先月会っていた。  このお兄さんは、菜央実ちゃんの兄の友達。  私が1ヶ月ほど前、菜央実ちゃんの家に遊びに行った時、そこには この人もいた。  菜央実ちゃんのお兄さんの友達の1人として。 (実は、その日私は――)  今は店員さんとして立っているこの人に、ある出来事を通して助けてもらったんだけど……。  時間としては、わずか。だからこの人は私のことをおぼえていない可能性が高い。  うん、すごく高い。  私、自他ともに認める平凡な見た目と性格だし。  この人に、自分の名前を告げたわけじゃないし。  呼びかけられたのに何も答えないままはよくないと思いつつも 「おひさしぶりです。私のことおぼえていますか」  って言うべきか、言わざるべきか。あわあわしたまま、ずっと無言になってしまった。  だけど! いつまでも黙ったままじゃよくないよね。  たしか私は、何を探しているのか聞かれてたはず。 「あ、あのっ、クルミのキャラメリゼありますか?」  ようやく言葉を口にした私に、彼は告げた。 「当店では品切れですが、本店から取り寄せることが――」  このお店は支店で、本店のほうが品ぞろえがいいのは知っている。  でも。 「あっ、今こちらのお店にないなら平気ですっ」  取り寄せてもらっても今日中には間にあわないはず。  それに、この人に私の名前を知られるの、恥ずかしいし。  私は購入済みのクッキーをかかえて店を後にした。
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