0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「死にそうな顔してる」
降ってきた声に男は顔を上げた。思わず辺りを見渡すが、平日の午前十時のドーナツ店では一人客がちらほら居るだけで周りの席は空いていた。
声の主は男と数秒目を合わせた後、隣のテーブルにトレイを置いてから席に座った。ブレザーの制服を着た女子高生だった。
「仕事つらいの?」
まるで独り言のように女子高生は男を見ずに言って黄色いマグカップに入ったカフェオレを一口飲んだ。
「……ごめん、誰?」
男は高校生の、しかも女の子の知り合いなど居ないが一応確認しておきたかった。
「誰でもないよ」
「取り合わせが悪い……」
スーツ姿の男と制服姿の女子高生。傍目からどう思われるかなんて考えたくなかった。
「世知辛いね」
女子高生は何でもないように言ってドーナツを食べている。男も赤いマグカップに入った残り少ないコーヒーを飲んだ。だいぶ冷めていた。
「コーヒーだけ?」
女子高生はちらり、と男の方を見てやっぱり独り言みたいに言った。
「コーヒー飲みに来ただけだから」
「コンビニじゃだめなの」
「ここのが好きなんだよ」
「ふぅん」
沈黙。いや、元々会話をしようと思っていた訳でもないからこれが普通だろうに、男の口から本音が転がり出た。
「つらい」
「分かる」
独り言に返事がくる。
「分かっちゃうのかよ」
「世知辛いからね」
「君も、死にそうな顔してる」
「見て見ぬ振りしてよ、いやだなあ」
そう言いつつも、女子高生は表情を崩さない。
「高校生は自由か?」
瞬間、二人の目が合う。交錯したのは視線だけで何の感情もそこにはなかった。
「大人になったら希望はありますか?」
お互いに返事はしなかった。答えなど存在しなかった。それで良かった。
二人は……否、テーブル席で隣り合っただけの一人客は冗談めいて呟く。
「おかわり自由なところは、少なくとも、いい世の中だよ」
「確かに」
男は通りがかった店員を呼び止めて「コーヒーのおかわりをお願いします」と言い、女子高生は「こっちはカフェオレのおかわり下さい」と言った。店員が「かしこまりました。少々お待ちください」とそれぞれに笑顔を向ける。
マグカップ一杯の温かさを体に満たして、幸福でも不幸でもない居場所へ男と女子高生は戻っていった。
最初のコメントを投稿しよう!