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「あの世に行っても一緒にいようね、あっくん」
「絶対だよ、さっちゃん」
なんて約束をしていたラブラブのカップルが、同時に死んだ。
それはドライブデート中の交通事故だった。
「はっ、ここはいったい……?」
気がつくと死んだ女は奇妙な空間にいた。
現実世界とは思えないし、彼氏であるあっくんはどこにもいない。
そして目の前には奇妙な格好の女。
「わたしは死者を天国と地獄に振り分ける女神です」と奇妙な格好の女は、微笑みながら言った。「あなたの生前の行いを調べさせていただきました。おめでとうございます。あなたは天国に行くことができますよ」
自分が死んだと悟った女は、ひとまず天国に行けることを喜んだ。
だけどすぐに「待てよ」と思った。
彼氏のあっくんは学生時代、盗んだバイクで走ったり校舎の窓ガラスを壊してまわったりと、かなり悪いことをしていた。あの世でも一緒にいようと約束したときも、冗談めかして「おれが行くとしたら地獄だろうけどな」と言っていた。
わたしが天国に行ったら、あっくんと会えないのでは?
だから死んだ女は女神に言った。
「あの、わたし、地獄に行きたいなーなんて思うんですけど、ダメですかね?」
「おや、それはなぜ?」
死んだ女は、あっくんと一緒にいたいという強い思いを女神にぶつけた。
ふたりが一緒なら、そこが天国なんです。
その思いに感銘を受けた女神は言った。
「なるほど、わかりました。でしたら、あなたを地獄に送りましょう」
女神が手を合わせると、死んだ女は光に包まれた。
「よりよき死後の生活があらんことを」
死んだ女は、地獄に送られた。
地獄に送られた女は、妙にすがすがしい気持ちだった。
あるいは、あっくんのためにここまでできる自分の愛に酔ってのことかもしれない。
「さて、まずはあっくんを探さないとね」
死んだ女は地獄を歩き始めた。
と、そのときだった。
女のスマホがとつぜん鳴った。
「地獄でもスマホが使えるの!?」
驚きつつも画面を見ると、あっくんからの電話だった。
「もしもしさっちゃん? いまどこ?」あっくんは軽いノリで言った。
「地獄についたところだよ」と女は答えた。
「えっ? 地獄? なんで? おれ、いま天国なんだけど……」
「は?」女はしばし固まってから訊ねた。「だってあっくん、悪いことしたから地獄に落ちるんじゃ……」
「あー……。ごめん、あれはウソ」
「え……」
「だってさっちゃん、ちょっと不良な感じの男が好みだって言うから……」
本当のあっくんは学生時代、生徒会長を務めるほどの真面目くんで、悪いことなどしたことがなかった。そして今回、その真面目さが変な方向に働いた。あっくんは彼女の理想の男になりたくて、これまで不良男子を演じていたのである。
事実を知って死んだ女は沈黙したが、やがて言った。
「あっくん」その声は怒りに満ちていた。「地獄に落ちろ、とは言わない。だけど、一発殴りにそっちに行くから」
「マジ?」
「マジよ」
地獄から天国へ。
さっちゃんの長い旅が始まった。
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