別の顔

1/2
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 俺は高校卒業後、取り敢えずで就職をした。  食品工場だけど、食品そのものに触ることはない。主にベルトコンベアで流れてくるお菓子のパッケージチェックをしている。  取り敢えず、で就職した理由は本当にしたいことが分からない状態だったから。専門学校や大学に行く余裕がないから、というもう一つの理由もあった。 そこから三年。生活するには困らない程度の収入と、一本の中古ギター。同じく中古のCDプレイヤーとCDで自分を満足させている。  でも、何か寂しくて物足りない。  薄い孤独。それを感じるのは、ほとんど人と話すことがないからだろう。同じ職場の人とは挨拶程度。自分が口下手なせいもあるけど、どうにも近付き辛い人ばかりだった。    仕事以外ではほぼ外に出ない。そんな状態だから余計に欝々としてしまうのだろう。  そう答えを出して、近くの植物園に行ってみることにした。  日曜日に一人で行く人はそういない場所。  行ったところで余計に寂しくなるだけだと分かっていたけど、CD店以外で思いつくところはそこぐらいだった。  特に植物が好きだというわけでもない。緑=癒される。という単純な図式に引っ張られた結果だ。  原付を十分ほど走らせて到着。周囲は親子連れやカップルばかりだった。  早くも帰ろうかと思い始めた。けど、ここまで帰るのは釈だ。写真を撮る練習に来たのだということにして、中へ入る。  カメラを持っていなければ、携帯のカメラ機能で撮る気もないけど、とにかくそういうことにした。  人は見ずに花を見る。  見ただけで名前が分かるのはコスモスぐらいだった。  親子連れの集団が賑やかに、カップルが穏やかな会話を繰り広げながらすぐ横を通っていく。  いくら緑があっても、落ち着けない。休憩場所にでもいけば何か変わるだろうかと思って、その方向に足を向けた。  トイレに行き、その後隣にある休憩所へ。残念なことにそこもさっきまでいたところと変わらず賑やかだった。  理由もなく敗北を感じた。  もう帰ろう。そう思って休憩所をあとにした。  足早にではなく、植物を見ながら出入口に戻る。  来た時と同じく人には目を向けずにいたけど、途中である一組の男女が目についてしまった。知った顔だからある意味では仕方がない。  同時期に入社した三島さん。  一緒にいるのは彼氏か、友人か。兄弟に見えないこともない。  とにかく笑顔で話していた。  普段は見ない顔。  仕事中だけでなく、終わった後も硬い表情をしているから新鮮だった。    そんな一面もあるのかと意外に思いながら立ち尽くしていると、気付かれた。意外だという顔で近付いてくる。 「元崎君もここに来てたんだ。偶然」 「うん、まあ」  自然な言葉を逆に不自然に感じて、曖昧に返した。 「そこで待ってる人は?」  来た理由を訊かれる前に訊いた。 「双子の兄。似てないけど」 「…兄妹だって言われたら、何となく分かる」  思ったことを無難に返した。 「まあそんなもんだよね」    二人はこれから園内を回るということだったけど、一緒にいる意味はないので流れのまま帰る。 「俺、もう帰るから」  そう言って、来た道を戻る。  三島さんの笑顔を見て、単純にも少し気が軽くなった。  いつかは辞めようと思いながら流されるようにここまで来たけど、辞めないできて良かった。  三島さんとはいま出会い直したようなものだ。  人生悪いことばかりでもないらしい。  ただ、明日顔を合わせたら自分の知る三島さんに戻っているかもしれないことが少し怖かった。  人間色んな面があるのだから元も何もないけど、そう思う。  帰宅した後は、仕事のことも三島さんのことも考えずにヘッドホンで英詞の曲を聴いた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!