別の顔

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 翌日、普段通りに出勤すると普段通りに三島さんに遭遇した。一メートルほど先を歩いている。何も言わないのはどうかと思って、声をかけることにした。 「おはよう」  近付いて言うと、三島さんは驚いて顔を上げた。 「…おはよう。昨日はどうも」  金曜日までの態度に戻っていた。けど、少しだけ緩やかに見えた。 「どうも。こことプライベートでだいぶ変わるんだね」  ストレートに、深い意味も嫌味もなしに言った。  嫌な顔をしてもおかしくはない。けど、三島さんは苦笑した。 「仕事だって思うと気が張るというか、固くなるんだよね。情けないけど」  三年も経つのに、と呟いた。 「真面目だね」 「元崎君こそ真面目」  私以上に、と言われた。 「そんなことない。毎日、いつ辞めようかと思いながらやってる」 「そうなんだ。見ただけじゃ分からないもんだね」 「うん」  その通りだ。  固定観念に縛られるのは良くない。  昨日それに気付いた。  気軽に声をかけられる人ばかりではないけど、もう少し  そんなことを思っていると、始業前のチャイムが鳴った。 「時間切れか」 「うん。また後で」  三島さんは律儀に返して、女子用のロッカールームに消えた。  後、とはいつのことか。  流れで言ったのだろうけど、その一文字が引っかかった。  でも、それを気にしている場合ではない。足を速めて男子用のロッカールームへ向かった。    入って目の合った先輩に挨拶をすると、戸惑い半分に返された。 「何かあったか?」  いつもとは声のトーンが違うと言われた。  その自覚はない。 「個人的にちょっと」  曖昧に答えると、先輩はそうかとだけ言って部屋から出て行った。  関心がないのか、時間を気にしたのか。どっちにしてもその反応には助かった。  Tシャツの上から薄青い制服を着て部屋を出た。  仕事の中身はこれまでと何一つ変わらないけど、気分は軽い。何事も気の持ちようなのだろう。  きょうはいつもよりうまく集中できるような気がした。
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