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「な、なおさら怖いですよ。もし危険なもの所持してたら」
「あー……」
そのとき、602号室のドアが勢いよく開いて、俺らの表情も足も凍りついた。
コツ、とヒールの音がして、それに呼応するように全員唾を飲み込む。
「失礼ですが、近所迷惑です。もう少し静かにしてください」
その女は俺らの顔を見ることもなく、602号室の鍵を閉めながらそう言ったかと思うと、すぐ隣の601号室へと入って行った。
中からガチャリと施錠した音が、静かな通路にまで響く。
「…………」
なにも言えずに固まっていた俺たち3人は、しばらくの後、止めていた息をようやく吐きだす。
「……なんだ、ありゃ」
「……601号室の住人です」
彼女の顔に見覚えのあった俺は、再度唾を飲みこんだ後で答えた。
塔子は、俺の服の裾をつかんだまま離さない。
「ヤバイな。逆に注意されたぞ、おい」
伊崎さんは不審そうな顔で腕組みをして、俺たちはふたりとも同時に頷いた。
「……塔子」
「……はい」
「ごめん、やっぱりそっちに泊めて」
「私もそう提案しようと思っていたところです」
そんな会話をすると、伊崎さんが眉間にシワを寄せたままでジロリとこちらを睨む。
「おい、独り身の前でそんな話するな。てか、まず俺に謝辞を述べろよ。だれのおかげだと思ってんだ?」
今度は矛先をこちらへ向けてきた伊崎さんに、
「どうもありがとうございました」
と棒読みで返し、そそくさと塔子の手を引いて下の階へ向かおうとすると、
「よし、そこまで言うなら今から飲むか。俺は全然かまわねえよ、奥野の部屋で」
と彼はにっこりと微笑み、逃がさないように俺の首に腕を巻き付けてきた。
「は?」
「なっ! 青年」
有無を言わさぬ態度に塔子を見ると、眉を下げて笑っている。
「…………」
俺はなんて厄介なんだと思いながら、今までで一番大きなため息をついてうなだれた。
《603号室編 おわり》
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