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「──シノくん」
…声にハッとする。顔を上げると、此方をずっと待っていた水羊が迎える。
「…水羊」
「タカちゃんでもいいのに」
「…恥ずかしい」
視線を外すと、水羊はさぞ面白げな笑みを浮かべる。
「水羊は祖父母の性。中二の時に両親が亡くなって、親戚盥回しの末にそこに引き取られたの」
「そう、か。お前も、大変だったんだな」
「…誰かに寄り添おうとする癖、変わってないね」
「…放っとけ」
…雑談はこのあたりにして、本題に移る。
「…なんで黙ってたんだ?」
「あれ。転校してすぐ、話をしたんだけど覚えてない?」
「…何のことだ?」
それを聞いた彼女に、やっぱりという溜め息がどっと漏れる。
「…転校してすぐに、昔の事を切り出そうとした。けど話したら、君は確実に傷ついたでしょう?」
「それは…」
「昔とは似ても似つかない。少なくとも、自分を殺して窒息しようとしている君に、そんなこと言えないよ」
…周りも、自分も傷付くのが厭だった。だから、ヘラヘラとして誤魔化していた。そんな俺は、とても──、
「だから、信じて見守ってた。いつか、私を助けてくれるようになるまで」
「……!」
…一瞬、耳にした言葉が信じられなかった。
──知らなかった。彼女は、ずっと見ていた。作り笑いのピエロを。本当の気持ちを鉄の仮面で隠しながら。
「…ったく。時間かけすぎ」
「…悪い」
「いいよ。そもそも私、君が憧れるような格好いい奴じゃないし」
「そんなこと──」
「──でも、君は自分で思ってる程、脇役に向いてないよ?」
また、一瞬硬直する。意外な言葉に、思わず顔を上げてしまう。
「少なくとも、あの時私を助けてくれた君は、もう弱いシノくんじゃない」
そう語りかけるタカちゃんは、鉄仮面なんて似合わない、日だまりのようだった。そんな彼女に、俯きながら訊く。
「……もう一度、出来るかな…?」
「出来るよ、シノくんなら」
…涙が出る。かつての悔しさではない。小さな一歩を踏み出せた、ピエロの化粧を落とす喜びの涙だった。
「…そういえば、まだちゃんと言っていなかったね」
軽く咳払いをすると、タカちゃんはまばゆい笑顔で告げる。
「──久しぶり、シノくん」
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