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──高校に進学して、数ヶ月が経った。それにつれて、中学の同輩と連絡が少なくなり、関係が薄らいでいくのがわかる。
──ただ、ひとつだけ変わっていなかった関係があった。それが…、
「…鞍吽くん。ノート、提出するから」
そう、黒く長い髪をひとつ結びにし、細いフレームの眼鏡を掛けた、この女だ。少し辟易した素振りをしつつ、ノートを手渡す。
「もう少し可愛げがあるといいのに、水羊阿梨花サン」
「──貴方には言われたくないわ、鞍吽忍くん」
…その言葉に、引っ掛かるものを覚える。刺がある、というより、糞真面目というべきか。
此方がヘラヘラした風に受け取られて、怪訝そうにすら見える。そんな振る舞いから、着いた渾名が…、
「あの鉄仮面、ホント厳しいよなぁ」
友人の高坂君の溢した愚痴にすら反応し、即座に冷たい視線を投げ掛ける。
その地獄耳と、きっちり着込んだ制服の色気も何もない姿から、誰ともなくそう呼ぶ様になった。
──そして何の因縁か、かつて転校生だった俺の中学二年間同じクラスメートだった。
とはいえ、別段仲が良い訳ではなく、会話も必要な程度。彼女のパーソナリティーは、実のところよくわかっていない。
成績優秀の真面目ちゃん、という上っ面が精々で、その鉄仮面の裏側はつゆとも知らず、殆ど他人と言って相違無い位だ。
それこそ、同じ高校に入学していた事に驚く位には縁がなく、ほんの一時冷やかされる事すらないレベルだった。
それは今も同じだった。真面目で、優秀で、委員長という役柄が似合いすぎる。
人付き合いを拒否する程に冷血でもないが、特定の人物と必要以上に入れ込まず、グループにも属さない、中庸の立場。
職員室で偶々聞いた程度だが、教師からの評価も高いという、絵に描いたような優等生。
そんな水羊阿梨花からは、薔薇色の青春の香りがしない。少なくとも数ヶ月、彼女が誰かに向かって笑い掛けた場面を一度も見かけた事がないからだ。
正直言って、その振る舞いと鉄面皮ぶりから、性格はキツそう、というのが大体の評価だ。
ただ、外見は磨けば光る逸材、と同じクラスの女子らは語る。もっとも、磨いたところで果たして見せる相手がいるのか、という疑問に行き着くらしい。
とにかく、俺とあの鉄仮面、水と油のような関係は必要以上に関わらないほうが互いのためだ。
それは、この小さなコミュニティが終わるまで続くのだろう。
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