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──まだ、心臓が高鳴っている。熱した鉄の皮はとても熱く、その本心を真っ赤に染めていた。
息と息が触れ合うくらい、その面持ちを近くに感じていたのだ。顔は暫く上げられそうにない。今晩は眠れる自信がない程に。
…まずは呼吸を整える。剥がれ掛けた仮面を張り付ける。…大丈夫。いつもの顔だ。
その翌日。私はいつものように、優等生をやって見せる。流石に目が明瞭じゃないけれど、我慢している。
周りからやっかまれる事もあるけれど、そこはそこ。適当ないなし方も心得ている。決して邪魔なだけではない、ただ役柄に準じているだけの存在。
…そんな役を熱演するなか、時折視線を投げ掛けるのが、一人の少年だった。
「…だからさ、昨日のアレ絶対UFOだって!」
「ハハ、バカ言ってんじゃねーよ」
彼は、今日もこの小さな教室というコミュニティにおいて、ピエロの役割を演じている。その姿は、さながらドラマの脇役だった。
「ヤバ、小テストボロボロだわ」
「同じく。ひでーわ」
成績は普通、部活動はしていない。グループとしてはまずまずの地位。
滑稽な振る舞いで場を和ませる、或いは頓珍漢な言動で、主役から上の言動を引き出す。引き立て役、という言葉が似合いすぎている。
「あ、太田クン、今度発売のゲーム、一緒にやろう?」
その一方で、この手のコミュニティには珍しく、苛めが存在しないのは、彼の存在が大きい。
というのも、ターゲットになりがちなナード系の相手にも気を回して友人的ポジションに置き、緩衝材として振る舞っていた。
「あっ、今日カラオケ行かない?」
「いいね~、俺の美声聴かせちゃうかなぁ」
「音痴の鞍吽が何を言ってるんだか…」
…それだけのポジションに居ながら、彼のプライベートの話はまるで知られていない、特異なキャラクター。
でも、そんなのは基本的に誰も気にしない。だって、彼はピエロだもの。
場を賑やかせる、引き立て役が仕事であって、その化粧の下なんて気にかけるだけ無駄。
「ちょっと鞍吽、今日掃除でしょ。サボる気?」
「おーっと、失敬失敬。んじゃ、後でね~」
…きっと、今より少し経った後、彼のことを思い返す者は一人だっていない。だって、彼は脇役だもの。
…スポットライトが当たることなく、掘り下げがないまま、この小さなコミュニティは卒業という最終回を迎える。
──ああ、それはなんて……、
「おーわった! 帰ろ帰ろ!」
明るく、笑顔が絶えない。けれど、その後ろ姿は、酷く寂しげに映った。だからこそ、私は──、
「ちょっといい?」
振り向く彼に向けて、私は喉を震わせる。
「少し付き合ってくれない?」
首を傾げて、どこか億劫そうでいる彼に向けて、息を軽く吸って、その名を口にする。
「──いいよね、シ…鞍吽クン?」
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