ピエロと鉄仮面

6/8
前へ
/8ページ
次へ
「──ハハッ」  乾いた笑いが溢れる。笑顔はとうに引きつって、自分を暴きたてる目の前の女に対して、強い疑念を覚えていた。 「…何が目的だ?」 ──今更取り繕うのも億劫だ。苛立ち混じりに問うと、何故か彼女は口許を緩める。 「…やっと、私の知ってる顔になった」  水羊はまた、鉄仮面らしからぬ穏やかな笑みを浮かべている。 …あの踊り場の時も。耳朶に残る、最後の呼び掛け。それが、ずっと疑問を燻らせていた。  声色はとても暖かくて、心地よさはおろか、どこか懐かしみすら覚えている自分が、どうしてもわからない。 「…お前は、誰だ?」 「──本当にわからない?」  その面持ちは落胆か、或いは寂しさか。そう言いながら、水羊は掛けていた眼鏡を外し素顔を晒すと、結んでいた髪を解く。  あらためて強調される、その碧がかった瞳で見つめながら、血色のいい唇を震わせる。 「──タカちゃん、って言えばわかるよね?」 ──脳髄に、一筋の電流が走り抜ける。暫しの間、感覚が麻痺を起こしていた。 …タカちゃん。その五文字が、記憶の奥底から引き出される。まるで繋がった鎖のように、奥へと追いやられていた過去が次々に沸き上がってくる。  それに連なる形で、今目の前で微笑む一人の少女の姿が、セピア色の記憶と被る。 「──飛鷹…」  彼女の眉がピクリと動く。肺の奥から酸素を回して、その名を発せんとする。 ──そうだ。黒い髪に、碧がかった綺麗な瞳。彼女の名前は…、 「──飛鷹、飛鷹阿梨花か…!」  それを聞き届けた彼女の表情は、鉄の仮面なんてものを伺わせない、一人の女の子のようだった。 「──やっと、気付いてくれたね。シノくん」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加