0人が本棚に入れています
本棚に追加
「──ハハッ」
乾いた笑いが溢れる。笑顔はとうに引きつって、自分を暴きたてる目の前の女に対して、強い疑念を覚えていた。
「…何が目的だ?」
──今更取り繕うのも億劫だ。苛立ち混じりに問うと、何故か彼女は口許を緩める。
「…やっと、私の知ってる顔になった」
水羊はまた、鉄仮面らしからぬ穏やかな笑みを浮かべている。
…あの踊り場の時も。耳朶に残る、最後の呼び掛け。それが、ずっと疑問を燻らせていた。
声色はとても暖かくて、心地よさはおろか、どこか懐かしみすら覚えている自分が、どうしてもわからない。
「…お前は、誰だ?」
「──本当にわからない?」
その面持ちは落胆か、或いは寂しさか。そう言いながら、水羊は掛けていた眼鏡を外し素顔を晒すと、結んでいた髪を解く。
あらためて強調される、その碧がかった瞳で見つめながら、血色のいい唇を震わせる。
「──タカちゃん、って言えばわかるよね?」
──脳髄に、一筋の電流が走り抜ける。暫しの間、感覚が麻痺を起こしていた。
…タカちゃん。その五文字が、記憶の奥底から引き出される。まるで繋がった鎖のように、奥へと追いやられていた過去が次々に沸き上がってくる。
それに連なる形で、今目の前で微笑む一人の少女の姿が、セピア色の記憶と被る。
「──飛鷹…」
彼女の眉がピクリと動く。肺の奥から酸素を回して、その名を発せんとする。
──そうだ。黒い髪に、碧がかった綺麗な瞳。彼女の名前は…、
「──飛鷹、飛鷹阿梨花か…!」
それを聞き届けた彼女の表情は、鉄の仮面なんてものを伺わせない、一人の女の子のようだった。
「──やっと、気付いてくれたね。シノくん」
最初のコメントを投稿しよう!